象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

”よせばいいのに” 〜GooBlogリニューアルの謎と改悪という名のアップデートと〜

 Gooブログのアップデートが最悪だ。そもそも”リニューアル”というフレーズが気に食わなかった。まるで時代に逆行するかの様な、稚弱な仕様に空いた口が塞がらない。

 早速抗議の問い合わせを複数突っ込んだが。運営部の返答は”リニューアル”と同じく、浅薄で安直なものだった。

 何度も言うが。今を追いかけるでなく、明日を追いかける事が全てにおいて大切なんだ。”リニューアル”した先に新しい何かが、起こりそうな気配が必要なんだ。そうでないとSNSの厳しい世界ではまず生き残れない。

 ここで運営部の無能さやセンスのなさを口撃しても始まらない。多分彼らには自覚症状すらないだろう。


 それに、コメント後の画像タイル選択認証って、いつの時代の代物なんだ?その上、コメント欄の文字はマイクロレベル。ハズキルーペ必須と揶揄されるのがオチだろう。

 ブログ欄に関しても、フォントは小さいし、色も薄いし、文字間隔も半端に広く、非常に読みづらい。数字に至ってはもっと小さく不器用だ。
 読んでて間延びするという、SNSでは致命的なパターンだ。ツィートやチャットならともかく、コラムに近い文字数の多いブログとなると、全く読むに耐えない。

 私のブログは殆どが3千字を優に超える。それでも今までは一気に読み干せた。文字の大きさと間隔のバランスが取れてたからだ。ドローソフトを使った事がある人は解るだろうが、平仮名の文字間隔を狭めるだけでかなり読み易くなる。

 この致命的欠陥は、アプリでも見事に継承されてる。多分同じ人が作ったんだろうね。 


 チャット風とかツィート風にとか、洒落た今風のインスタントなブログを、という気持ちも理解できなくもない。ブログという旧いイメージを刷新したいという、農耕的島国根性も理解出来なくはない。

 ブログというフレーズががダサく感じるのなら、別途、Twitter版やインスタ風を作ればいい。
 歴史は作るものであると同時に、残すものでもある。どう考えても今回のリニューアルは、Gooブログから”Gooチャット”へのダウンサイジングの様に思えてならない。


 ブログは本来、コラムに近いものであるべきだ。チャットやツィート風にしても、本家本元のTwitterFacebookに敵う筈もない。最初は物珍しく新鮮に映るが、すぐに飽きられ、捨てられるのがオチかと。いや既に捨てられてるか。

 こうした安易でインスタントな改変が、致命的な改悪に陥るケースは歴史が証明する所だ。

 Gooブログはダサい”という声を意識してのリニューアルだった様だが。”ダサい”も時代の波に乗れば、明日に未来に繋がる。事実、TwitterFacebookInstagramに比べれば、ダサく感じる。
 
 進化したブログの登場を期待してたが。昨朝目にしたものは、グロテスクに変わり果てた醜悪な文字群に過ぎなかった。