象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

安倍首相が見るべき「新聞記者」〜”加計学園”を再現したシナリオの悲劇


 国家の為に国民は犠牲になるべきか?国家は国家の為に国民を犠牲にできるのか?その国家を政治が操れるとしたら?

 国家の闇を追う新聞記者と、政権に不都合なニュースを操作する任務に苦悩する内閣情報調査室の若手官僚が、それぞれの正義を貫こうとする姿を描いた作品だ。
 東京新聞記者の望月衣塑子のベストセラー「新聞記者」を原案にした同作は、昨年6月に公開されると、現在の日本の政権とメディアの実態に深く切り込んだ内容で、大きな話題と反響を呼んだ。

 色んな意味で考えさせる映画だった。キャストも実にハマっていた。
 最後は、松坂桃李お前もか?”ってな感じで幕を閉じたが、偶然にも私のブログのタイトル同様のエンディングで、少し笑ってしまった。

 「万引き家族」の是枝裕和監督は、”これは新聞記者という職業についての映画ではない。人がこの時代に保身を超えて持つべき矜持についての映画だ”と熱く評価した。
 映画の内容からして、”反政府”のイメージを強く謳ってただけに、公開日前後から、公式サイトが断続的にサーバーダウンして閲覧が難しくなる状況が発生し、サイバー攻撃ではないかという疑いも持たれた。
 そういった反政府系の映画にして、第43回日本アカデミー賞では、最優秀作品賞(「新聞記者」藤井道人監督)、最優秀主演男優賞(松坂桃李)、最優秀主演女優賞(シム•ウンギョン)の堂々3冠に輝く。


安倍政権に異を唱えた映画

 映画「新聞記者」(2019)は、国会で取り上げられた安倍首相の“お友達”とされる加計孝太郎氏が理事長を務める学校法人加計学園が計画した岡山理科大獣医学部(愛媛県今治市)の新設をめぐる疑惑とそっくりで、まるでノンフィクション映画を見てるようだ。
 藤井監督の受賞後のコメントに”受賞するとは全然思ってませんでした”とある様に、この作品の企画を持ちかけられた時、新聞も読まず、政治にも無関心だった為にオファーを2回断ってる。製作段階では新聞記者だけでなく、官僚の人に念入りに取材しリアリティを追求したが、内閣情報調査室(内調)の事は誰に聞いてもその詳細は判らなかったと漏らす。

 一方、最優秀主演女優の感想を問われた際、言葉を詰まらせ号泣するシム•ウンギョンの姿が印象に残った。政権批判色が強い作品のせいか、最優秀男優の松坂桃李がテレビで暴露してた通り、殆どTVプロモーションができず、上映した映画館も限られていた。
 それが主要3部門で最優秀賞に選ばれたのだから、シムが驚いたのは容易に想像がつく。
 因みに、これを受けて当初47館で凱旋上映が行われる予定だったが、その後映画ファンから次々と熱いリクエストが届き、143館が追加され計190館での再上映が決定した。
 しかしこれほどの作品がブルーレイではなく、DVDのみレンタルというのも、これも安倍政権の悲しいもがきなのか?

 米映画界最高の栄誉とされるアカデミー賞で、最優秀作品賞に韓国の格差社会を描いた「パラサイト〜半地下の家族」(ポン•ジュノ監督)が選ばれたのは、人種差別や分断を進めるトランプ大統領に対する痛烈な批判が背景にあるとされる。しかし日本でも、安倍政権に異を唱えた映画が国民の大きな支持を得たのはとても喜ばしい事だと思う。
 安倍政権にとっては”たかが映画”だろうが、日本国民にとっては”大きな一歩”なのだ。

 元共同通信社の記者でジャーナリストの浅野健一氏はこう言う。
 ”主演女優は日本で誰も引き受け手がおらず、韓国人のシムさんが選ばれた。そういう作品が最優秀賞に選ばれたのだから、日本の映画界も意地を見せたといった所でしょうか。
 とはいえ、翌日の新聞やテレビは淡々と報じるだけで静かなもの。おそらく地上波で放送されるのは、安倍首相が政権の座から退いた後でしょうね”

 
韓国から見た「新聞記者」

 主演の松坂桃李は、この映画の出演を決めた時、周囲から”よく出る事を決めたな”と言われ、驚かれた。また、シム•ウンギョンのキャスティングも日本人女優にオファーしたが、全て断られたからだとも。
 日本と違い、韓国では政府批判系作品は、一つのジャンルと言える程に多く作られてる。人気の俳優たちが多く出演し、映画館でちゃんとヒットする様、エンターテイメントとして成り立っている。
 また、多くの人が映画を観ると、それが世論を巻き込む問題提起となり、裁判が再審議された例や法までも動かす事がある。
 韓国の映画人は、こうした映画が社会を動かす事を”영화의힘(映画の力)”と呼び、その力を信じ信念をもって作品作りに励んでいる。
 まだまだ映画に関しては、韓国に大きく水を開けられてるこの事実。

 一方、シム•ウンギョンの韓国でもこの受賞を機に「新聞記者」の再上映が決定した。
 実は、昨年10月17日に公開されてはいたが、日韓関係が冷え込んでいる時期もあり、観客動員数は僅か1万人程度で上映終了してた。
 しかし、ウンギョンの最優秀女優受賞の一報が入ると、ネットなどを中心に大きく報道され、それと同時に映画の内容も紹介された為、映画自体も韓国国内での関心が高まった。
 受賞後のVODサービスでは、人気ランキング2位まで一気に上昇、多くの韓国人が映画を鑑賞した。また、映画の予告編が見られるネイバーのベストムービークリップでは検索ランキング1位を記録した。
 この様に韓国でも関心が再燃し、日本と同様に、各都市の主要な劇場で再上映が決定した。

 映画の世界では、既に国境の壁はなくなりつつある。だったら、政治とメディアの壁も映画上ではなくしてもいいのではと思うのだが。


最後に〜正義は確かに存在する

 一昨年、最優秀助演男優賞を受賞した松坂桃李は、”実現するまでに二転三転四転五転くらい色々な事があったが、無事撮影を終える事ができました。とてもハードルの高い役だと思ったが、ウンギョンさんと一緒に最後まで駆け抜ける事ができた”と、大人のコメントを残した。
 特に、”オーラのなさ””死んだ目”をさり気なく演じた松坂の凄みをまざまざと見せつけられた気がする。若者は色エロ?と様々な経験をして大人になるんですな(ウンウン)。

 作品の企画•製作を務めた河村光庸は、”インディペンデント作品を日本アカデミー最優秀賞まで引き上げて下さった多くの映画人の方々に深く感謝します”と述べた。
 そう、この目立たない”インディペンスの力”こそが、不正と汚職に塗れた巨大な権力を崩壊させる”一刺し”になるのかも知れない。

 そう思えただけでも、実に清々しい作品に映った。正義は(権力の様に)振りかざすものではなく、知恵や勇気と同様に存在するものである。つまり、正義は矜持、つまり自尊心や自負心であるべきなのだ。

 勿論この作品に関しては、様々な批判や批評があるかも知れない。
 しかし、こんな政府批判的な映画がごく普通に見れる日が来る事を、強く願いたいもんだ。


”安倍批判”への追い風に(追記)
 今回の日本アカデミー賞では、ノミネートの大半を大手映画会社が独占しましたが、出演者確保の難航やTVプロモが不可能な状態で苦汁を舐めさせられた、独立系スターサンズの作品が苦悩の末に栄光を手にしました。 
 これも”権力批判”という映画文化の大切な役割が再評価されたんですね。
 それにノミネートの段階で、大手映画会社が独立系の秀作群をことごとく締め出した事が、最終投票では逆に追い風になったとも言われてます。
 投票権を持つアカデミー会員4000人のうち約1000人が大手映画会社の社員で占められてます。結局、日本アカデミーも腐敗した政治の論理で作られてるんですね。
 限られた制作費の中で、”安倍批判”を作品化した事は非常に勇気のいる事だった筈。監督にキャストにスタッフに感謝です。
 そんな中、独立系の中で唯一ノミネートに生き残った「新聞記者」が、最も名誉ある賞に選ばれた事は、権力に屈しない日本人もまだまだ沢山いるんだって事を思い知らされ、勇気をもらった様な気がします。