よく”昔は良かった”という声を聞く。
「暗く聖なる夜」でのハリー・ボッシュの言葉にもあるが、人が思う程に昔はいい時代でもない。
私も全くの同感である。
勿論、今の時代がいいとも言えないが、時代は着実に前へと進んでいる。ただ(悲しいかな)人類が追いつけないだけである。
昨今の、政界やプロ野球会や芸能界で連鎖反応的に起きている汚職や不正や性犯罪を見るにつけ、古臭い”ムラ社会”の悪夢と病巣が、未だにしつこく取り憑いてるようにも思える。
今や、世の中は疑惑だらけである。
全てにつけ白黒はっきりさせる必要もないが、こうもムラ社会特有の”何でも曖昧に伏す”という腐りきった風潮が目立つと、人類を辞めたくもなる。
”もうええやんか、昔の話やし・・・”
今回の松本人志の性加害の件では、その殆どが事実関係は”クロだ”と信じ込んでいるものばかりだとの声がある。
一方で、”何で?今更8年前の事を・・そん時に告発すればいいやん”って声もあるが、当時24歳の女性にそんな覚悟と勇気が持てたのだろうか?だが、彼女にすれば何年前であろうが、相手が誰であろうが、性被害に変わりはない。つまり、24歳では言えなかった事が33歳では言えるようになるってのは、よくある事じゃないだろうか。
そう、時代はやはり正直なのである。
一方で、松本を擁護してる側も多くは”クロだろう”と思ってても、それでも”昔の事だから許そうや”という古いムラ社会の悪い癖も未だに存在する。
政治家だから?芸能人だから?有名人だから?お上様だから?天皇だから?神様の思し召しだから?という古臭い伝統の匂いが強すぎやしないだろうか。
更にウンザリなのは、”昔からよくある事だから”っていう開き直りである。
”悪い事は悪い”
と、五ノ井さんが言い続けた事で、元自衛官3人の有罪が確定した。
”コンプライアンス”という意識が強くなってきた今の時代、どんな立場の人間でも”悪いものは悪い”と堂々と言える環境が整いつつある。
因みに、コンプライアンスとは”法令尊守”という意味だが、単に法律やルールを守ると言うよりも、”倫理や規範などに従い、公正・公平に業務を行う”という意味が強い。
バブル崩壊後の日本は不況に陥り、企業の不祥事が多く噴出。政府は企業に対し情報公開を求める様になったが、不祥事はなくならずコンプライアンスはより注目を集める事となった。
今の日本に、真の意味でコンプライアンスが存在するのか?は疑問だが、少なくとも時代だけはコンプライアンスの方向に動いてるようでもある。
一昔だったら、とても言えない事でも今なら平気で言える。約900人の社員に約6000人のタレントを抱え、芸能界に絶大なる影響力を持つ吉本興業に”メディアは忖度しスルーしている”との報道もあるが、今や時代はそんなにヤワじゃないし、大衆も平和じゃない筈だ。
事実、吉本に紳助や宮迫がいなくなっても、時代は何事もなかった様に流れていく。仮に松本が芸能界から消え去り、吉本が崩壊したとしても、時代にはどうでもいい事である。
そう、時代は正直で冷酷なのである。
事実、前安倍首相が銃撃に遭い、命を落とした時も時代は普通に流れてたし、多くの国民が反対した国葬も時代からは(自民党という身内も含め)無視された。
アジアの貧乏国に逆戻りした日本だが、それでも時代は着実に前へ進みつつある。
つまり、一昔前では許された事やスルーされた事が、今では通用しなくなってきた時代なのだ。言い換えれば、人は許しても時代は許さない。
最後に〜コンプライアンスは誰がために
現時点で相手女性とは和解が成立しておらず、民事訴訟に発展する可能性も否定し切れない山川穂積だが、ソフトバンク入団が決まった。但し、未だ“無罪が実証されていない”という時限爆弾も抱えている。
そういう意味では、ソフトバンクの山川獲得は、コンプライアンスを無視した行為とも言える。言い換えれば、勝利の為には性加害者でも戦力にする。
事実、”ファンを辞める”とか”もう2度と応援しない”などと、ボイコットをぶちまける鷹ファンも数多く目立つ。
更に、女性たちの怒りは凄まじく、”名前を聞いただけで虫唾が走る”とアレルギー反応を覚える人も少なくない。
そもそも、性犯罪事件の渦中にある野球選手に12億円もの大金を支払う球団に、コンプライアンスを求める事自体に無理がある。
一方で、プロ野球というスポーツが倫理や規範を失ったら、それはスポーツでも競技でもなく、肉と肉がぶつかり合うだけの暴力に過ぎない。
松本人志の性加害疑惑も結局は司法に委ねる事となったが、(あまり期待は出来ないが)少なくとも司法にはコンプライアンスを守ってほしいものだ。
前述のハリー・ボッシュなら、今回の件についてはどんな追及をするのだろうか?
”私の使命はバッジがあろうがなかろうが被害者の代弁をする事なのだ”と、文春砲みたいに徹底して吉本を追い詰めるのだろうか?
”絶対権力は絶対に腐敗する”の如く、煩いだけの吉本とその時代は何処へ向かうのだろうか・・・