象が転んだ

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国の借金は誰が為にある?〜国債発行1000兆円突破と、”衰退確定国”日本の悲しい未来


 新型コロナで2020年度の財政は大きく膨らんだ。新規国債発行額は90.2兆円に増加し、リーマンショック後の09年度の国債発行額52兆円を大きく上回った。
 公債依存度(一般会計歳出額のうち国債発行が財源となった割合)は、当初の予算では31.7%(赤字国債は24.7%)だったが、第2次補正まで含めると56.3%(同44.5%)に跳ね上がった。
 結果、国の歳出額の半分以上が国債という借金によって賄われた事になる。
 これは、第1次と第2次補正予算の一般会計歳出分(いわゆる真水部分)の財源を全て国債の発行に頼った結果であり、20年度の国債発行残高はついに1000兆円を突破した。

 つまり、当初予算案の32.6兆円の国債(赤字国債25.4兆円)に57.9兆円(46兆円)が追加され、総歳出は102.7兆円から160兆円に大きく膨れ上がった事になる。 
 因みに、2021年度の歳出予算案(イラスト)は、総支出が106.7兆円で、うち国債発行額は43.6兆円(37.3兆円)で、国債の割合は40.9%。後の補正(追加)分を含めれば、昨年同様に(いやそれ以上に)大きく膨らむのは確かだろう。
 以下、昨年のコラムですが、「財政バラマキを見逃すな」から一部抜粋です。


国債は誰が為にある?

 1960年度の予算に占める国債の割合は、僅か0.03%。それが70年度に0.3%、80年度に5.5%、90年度に14.3%、00年度に21.4%と一貫して上昇し続けてる。
 政府の公的債務(大半が国債で他に借入金や政府短期証券など)の国際比較を行う場合には、公的債務の対GDPが使われる。
 IMF(国際通貨基金)の推計では、19年のG7の公的債務の対GDP比は、237.7%の日本が飛びぬけてる。100%を上回るのは米国(106.2%)とイタリア(133.2%)だけで、残る4ヶ国は100%未満だ。
 それ以上に問題なのが、比率が継続して上昇してるのは唯一日本だけだという現実。
 日本以外のG7各国は、財政規律に着目し、財政健全化を進めている。しかも、20年の日本の公的債務の対GDP比は、2度の補正予算(追加)により、250%を超える水準まで上昇した。

 そこで問題となるのが、“果たして財政は健全に使われてるのか?”という点だが、まずは新型コロナ対策に使われている財政を検証する。
 新型コロナ対策だけでも、いわゆる“アベノマスク”に始まり、持続化給付金をめぐる”サービスデザイン推進協議会”への不透明な業務委託問題。また、安倍首相が自ら“強盗”と言い間違え、失笑を買った総事業費約1兆7000億円規模の支援事業”GoToキャンペーン”の妥当性、加えてこの”GoTo”に、事務経費が2割近い3000億円にも上る問題など、様々な問題点が暴かれた。


財政状況を管理・検証すべきだ

 だが、昨年4/20に閣議決定した新型コロナ感染症緊急経済対策では、”V字回復フェーズ”として盛り込まれた様々な施策の中に、疑問符が付く曖昧な政策が沢山ある。
 勿論、新型コロナ対策に必要な財政は惜しむべきでない。しかし、こうした事業に対し、国民の税金を“新型コロナを理由”に自由に使わせてはならない。
 「財政健全化をしない日本は先進国失格だ」では、独立財政機関(IFI)を設立し、財政状況を管理・検証すべきだと述べた。そこで今こそIFIを設立し、新型コロナに関連した財政支出の再検証を行うべきだ。
 更に、新型コロナ関連の予算にては、一般会計と分離して特別勘定を設置し、一元管理する事で、その内容を厳しく管理し債務処理を行う方法を検討する。この特別勘定は時限措置とし、期間内に新型コロナ関連の債務を処理する様にすべきである。

 2011年3月に発生した東日本大震災から10年が経つが、この時には東日本大震災復興特別会計が作られ、震災復興に関する経費の全てを復興特別会計の歳出として計上。財源は”復興債”という国債を発行する事で賄った。しかし、国民は意外にもその事に気づいていない。
 この復興債の償還財源として、法人税は2012年度から2年間減税し、その後2年間は税額の10%を上乗せ、所得税は13年からの25年間に税額に2.1%を上乗せ、住民税は14年から10年間に年1000円の徴収が実施されている。
 新型コロナにても、復興債の様な特別債の発行を検討し、その財源を明確化した上で、償還も極力国民負担の少ない方法を検討すべきである。
 因みに、欧州ではイタリアやスペインがEUによる共通債として発行を求め、フランスが支持する一方で、ドイツやオランダは反対している。米国では資金調達の為の”戦時国債”という形での国債発行が検討されてる。

 日本では、東京都が昨年12/8に国内で初めてコロナ債を発行した。5年債で利率は0.01%、発行額は5年債としては過去最大の600億円だ。
 菅首相には、新型コロナ関連の財政支出の検証とそれを実施する為の独立財政機関の設立、そして新型コロナ関連の予算に対する特別勘定による一元管理を実現して欲しいものだ。
 以上、エコノミストOnlineからでした。


結局は、ドンブリ勘定だった

 上述した第2次補正予算案(20年度)に盛り込まれたコロナ対策の為の予備費11.5兆円だったが、”見せ金”として仕掛けた予備費としては過去最大の規模だ。
 予備費とは聞こえはいいが、政府の判断で自由に使えるお金で、使った場合は報告するという”どんぶり勘定”に近いもの。
 過去の緊急時に組まれた予備費と比べると、リーマンショック後の2009年度の当初予算が1兆円で、2011年の東日本大震災のあとに組まれた第2次補正予算が8000億円。

 実は、コロナ自粛時に国民1人1人に10万円を再配布した時の総額が約12兆円という事で、当時の麻生財務大臣安倍総理がこの額を決めたという事だが、”何バカな事言ってんだ”と、自民党幹部らから猛反対された。「バラマキ大国日本」でも述べたが、安倍の安直なバラ撒き癖はこうした所にも顕著である。
 自民党のある議員は、予備費10兆円を積んだのは、臨時国会を開きたくないからで、全くふざけてる”と批判した。
 つまり、新たに予算案を組んで国会で議論したら、様々な疑惑を野党から追及される場になるからだ(θテレより)。

 結局、政府は10兆を超える予備費の大半を使わないまま年度末に返納する筈だったが、緊急事態宣言の延長など予期しない感染の再拡大で、今や重要な財源の1つになった。
 また、飲食店や医療支援などで出費がかさみ、今年2月の時点で、予備費から既に6兆9728億円を支出した。第3次補正による減額の為、残りは2兆6771億円しかない。
 因みに内訳は、飲食店支援に2兆879億円、医療支援に1兆6478億円、持続化給付に9150億、ワクチン確保に7662億、個人向け融資(5138億)や雇用調整(4391億)、GoTo(3119億)と続く。
 悲しいかな、これでも現場には大半が届いてはいない。そこで政府は、21年度予算に5兆円の予備費を新たに計上した(東京新聞)。
 厚労省は各自治体の業務が追いついてないと言い訳するが、明らかに政府のどんぶり勘定のムラ意識と怠慢である。


デタラメな予算編成

 社会保障の予算は今年も1300億円が削減された。安倍政権下の9年間だけでも2兆円が削減された。その一方で、防衛費は650億円増え、5.3兆円と過去最大を7度も更新した。
 因みに、フランスの保険制度では、入院費も薬代もどんな手術をしても、勿論個室でも無料だとか。社会保障費を削減し続ける日本とは大きな違いですね。どうりで、フランスの1/100の規模の新型コロナ渦で医療崩壊を引き起こしたのも超納得です。

 21年度予算の予備費は5兆円だが、菅首相も”見せ金”として温存するつもりだったが、変異株の拡大感染や緊急事態の再宣言で、皮肉にもコロナ対策の切り札として使われる事となった。
 しかし、PCR検査の拡大や保健所の体制強化や病床確保の予算はどこにもない。それどころか、病床削減した病院に財政支援として195億円が盛り込まれた。
 政府は”コロナ病床を確保しろ”と言いながら統廃合を進めるのはアベコベである。

 コロナ禍で医療の脆弱さが明らかになった今、医療体制の充実を願う国民と惨事に乗じて削減を狙う政府との戦いである。
 政府曰く、”国民医療費の伸びは診療報酬改定や医師数のせいである。病院病床が多いから医療がひっ迫する”と。
 これらは初歩的な統計的ウソで、国民医療費に含まれる企業負担を少なくしたいだけだ。
 日本の事業主保険料が社会保障に占める割合は欧州福祉国家に比べて約半分である。病床当たりの職員数も欧米に比べ、1/5~1/3と少ない。
 新型コロナとの戦いに出口が見えない原因が、命と暮らしを粗末にする日本政府の貧困と格差の拡大路線である事は明らかだ。
 既に述べたが、日本の社会保障支出GDP比は低すぎる。それに、国の税収に占める消費税の割合が高すぎる。
 1%の支配層の腐敗・堕落・無能が明らかになった今、99%の国民が社会の担い手になるべきだ(愛知県保険医協会より)。

 因みに予備費5億円の内訳だが、ワクチン接種に5736億円、PCR検査充実に672億、緊急時の病床や療養施設の確保に1兆3011億などとあるが。社会保障費が極端に削減される中、どれだけの効力を発揮できるのだろうか?

 ムラ社会のドンブリ勘定的な予算編成だけを見ても、日本が先進国から後進国を通り越し、”衰退確定国”に成り下がったのは明らかだろう。
 G7から”バラ撒き”大国日本を外して欲しいと願うのは、私だけだろうか?