
最初から最後まで、ゴジラのリアルに圧倒され続けた。
以下でも述べるが、自ら吐き出す放射熱線で自身の体にも大きなダメージを受ける所や、水中機雷で頬が吹っ飛ぶ場面なんかは、ゴジラファンでなくとも、そのリアルさに驚きと歓声が上がった事だろう。勿論、CGで作られたにせよ、映画の中でのゴジラは痛みを感じる生身の怪獣だったのだ。
そういう意味では、私の期待と要望を全て満たしてくれたゴジラである。
但し、所詮は怪獣映画であるが故に、展開としてはやや中途にも思えたが、それらを補って余りあるダイナミックな完成度の高いCGのリアルに、只々頭が下がる思いがした。
戦艦”高雄”や局地戦闘機”震電”の登場もあってか、国内外のミリタリー・オタクも大いに盛り上がった事であろうか。
事実、今年1月12日の時点で世界興行収入が140億円(国内では約60億)を突破し、全米でも邦画興行収入歴代1位を記録。
前作の「シン・ゴジラ」(2016)では期待が高かった分、拍子抜けした感のある国産ゴジラだが、今回の令和世代のゴジラはハリウッド版にも負けない、強烈なインパクトと存在感を十二分に醸し出していた。
2つの重爆弾を搭載した”震電”がゴジラの口の中に突っ込み、ゴジラの頭がぶっ飛ぶシーンは、幕切れとしては最高の出来で、ゴジラが人類に壊滅させられる唯一のシーンである。
更に、瓦解し沈みゆくゴジラに、敵である筈の日本人が最敬礼する辺りも実に誇らしい。
ただ、”140億円以上も売り上げた傑作にケチをつけるつもりもないが、あれだけの量の放射熱線を浴びたら、東京都や東京湾の被害は広島・長崎の同等か、それ以上のレベルを超えるのではないだろうか。
その上、体長15mの初期ゴジラ、いや巨大な爬虫類は米軍の核実験により一瞬にして焼失する筈だし、少なくとも、ゴジラの細胞内でエラーが発生し、体高50mまでに巨大化する事はない筈だ。
私としてはゴジラは人類が作り出したものではなく、最初から存在する神であるべきだと思うのだが、そこは、世界中から愛されてやまないゴジラである。こうした微妙な非現実な側面を理解しつつも、我らはゴジラの世界に浸ってしまうのだ。
ただ、現実離れで言えば、体高50mで体重2万トンものゴジラが何故、海の中で立って浮いてるのか?たとえ水陸両用の生き物だとしても・・・せめて水平に泳いでる状態で”震電”をぶつけて欲しかった。
そう思うのは、私だけだろうか?
ゴジラは本当に沈むのか?
一方で、リアルに近い作戦も展開された。
海神(わだつみ)作戦とは、フロンの泡でゴジラを包み込み、浮力をなくすという”アルキメデスの浮力原理”を使い、相模湾の深海1500mに一気に沈める事でゴジラをペチャンコにする計画だ。
それでもダメなら、ゴジラに装着させたバルーンを一瞬で膨らませ、ゴジラを一気に引き上げ、水圧の急激な変化で始末する筈だった。
がしかし、そこは映画である。ここでゴジラが死んでしまえば、旧日本海軍の命運を賭けた(Bー29を撃退する為に極秘で開発されたとされる)幻の局地戦闘機”震電”の出番はなくなるし、敷島(神木隆之介)のリベンジも不発に終わる。
だが、作戦の半分は成功し、ゴジラの体全体に亀裂が入り、放射熱線は漏れ出すものの、完全にゴジラを仕留める事は出来なかった。がその後、”震電”は爆弾共々ゴジラの口内に着弾し、見事ゴジラを壊滅させる事に成功する。
ま、ここまでは映画の中の理論を信じる他ないのだが、やはり科学的に無理がある様にも思える。
まず最初の”浮力の原理”だが、大量のフロンガスを一斉に噴出・発泡させる事で、ガスの泡でゴジラを丸ごと包み、ゴジラと触れる海水の密度が小さくなる事で浮力が弱まる。
つまり、”原理”では、水面下に沈んでいるゴジラの体積分の海水の重量がそのまま浮力となる訳だが、その海水を泡状にする事で浮力が遮断される。故に、ゴジラは浮力を失い、水深約1500mにまで沈み、凄まじい水圧でゴジラを圧壊させる。
だがこれだと、ガスの泡で包まれたゴジラは大きな浮き袋に乗せたものに相当し、その浮き袋は重さを無視できる程の薄い膜と考える事が出来る。が、浮き袋は当然、海水からの浮力によって浮く筈だ。
故に、ゴジラを海に沈める事は出来ないという結論に達する。つまり、”アルキメデスの原理”だけでは不可能に近いとなる。
だた、映画の中での実験は確かに、理科の実験室にある様な”ぶくぶくタンク”の原理であった。
しかし、浮力を”水の抵抗”とみなせば、見方も理解も変わってくる。
この”気泡で包み込む事で水の抵抗を無くす”という実験は現実に行われてて、メルボルン大学とキング・アブドゥッラー科学技術大学などの研究では、通常の金属球と高熱の金属球と、表面に超疎水処理を施した金属球の3つを用意し、水中に落とした所、通常の金属球と比べ、高熱の金属球と超疎水処理を施した金属球は落下速度が10倍の速度に及んでいた事が判明した。
これは通常の金属球に対し、両金属球の表面に薄い気泡の膜が発生してた事によるものだという。まさに”海神作戦”と同じ原理と言えなくもない。
以下、「対ゴジラ作戦は可能なのか・・」より一部抜粋する。
ゴジラのリアル
高熱の金属球に薄い気泡の膜が生まれた現象は”ライデンフロスト効果”というもので、例えば、熱したフライパンの上に水を流すと、フライパンと水の接着面が蒸発し、それによって水球の状態で転がり、なかなか蒸発しない状況と同じである。
超疎水処理が成された金属球は撥水加工の金属球と同じで、常温でもライデンフロスト効果に近い効果が得られるとされる。
この気泡の被膜により、金属球に掛かる浮力という抵抗が遮られ、それによって沈む速度が増加したのだ。これはゴムボールなどでも可能で、水の入った筒に入れて浮かべ、そのゴムボールに下から気泡を大量に浴びせる事で沈ませる実験も存在する。
”気泡により浮力を遮る”という実験に似たものが現在の日本でも行われ、船舶の底をマイクロバブルで覆う事で水の抵抗を減らし、船舶のスピードアップや消費されるエネルギーの削減を目指したものだ。
この様な現在の実験理論を、戦後間もない日本で、それも対ゴジラ作戦である海神作戦として考え、更に、ゴジラを海水が沸騰する程に高熱にする事も、ましてや撥水加工を施す事も出来ないという現実の設定の中で、”フロンガスによる気泡で代用する”という発案を思い描いた野田健治(吉岡秀隆)は、紛れもなく天才となる。
事実、この急速な減圧による”作戦”は賭けの要素が強く、実際には完全な成功とはならなかったが、ゴジラは体中が瓦解し、表皮が剥がれて浮袋など臓器らしきものも露出するシーンはとても見応えがあったし、”ゴジラが海中に浮く”という現実離れした設定も暗に仄めかされてはいる。
故に、単なる怪獣としてではなく、”ゴジラのリアル”という点でも非常によく描かれてた傑作だと思う。
一方で、ゴジラの異常な再生能力をもってしても、この減圧作戦のダメージは大きく、ゴジラは放射熱線のエネルギーが体外へと漏れだしていた。そこを”震電”の一撃でゴジラの頭部を粉砕し、めでたく壊滅させる訳だが、結果として”海神作戦”はゴジラの頑強な皮膚を破壊し、その再生スピードを上回る速度で重傷を負わせた事から無駄ではなかったとも言える。
「ゴジラ-1.0」では「シン・ゴジラ」との差別化をはかる為もあってか、終戦直後の最新兵器を使えない状況下で、ゴジラに徹底抗戦をする民間人を描いた。故に、超科学などのあり得ない空想的な方法ではなく、現実でも再現できそうなアナログに近い作戦が選ばれている。
それにより、戦後の日本をゴジラが襲う絶望感を一層生々しく描き、ゴジラの存在感を際立たせる。ゴジラが品川から銀座の都心部一帯を自身の縄張りとしてる所や、スピーカーで録音された自身の咆哮を別個体だと誤認するなど、戦争文学の要素とSFの要素が巧く組み合わせた山崎貴監督には脱帽である。
また、監督のこうした心憎い設定には、ゴジラの脅威が過ぎ去ってない事を暗示している。ラストシーンでは、ゴジラの肉片が再生して始めてる事からも、ゴジラが元の姿に完全する可能性も否定できない。
戦後を生き抜いた「ゴジラ-1.0」が再び現実の世界に姿を表した時、世界はこの生き物にどう立ち向かうのだろうか。
以上、VirtualGorilla+からでした。
最後に〜CGを超えたゴジラ
ネット上では既に話題となってるが、銀座で敷島(神木隆之介)を助けた際、爆風に飲み込まれて死んだ筈の典子(浜辺美波)だが、実は生き延びて治療を受けていた。但し、典子の首筋には怪しく動く黒い痣(あざ)が見えるが、明らかにゴジラの肉片と予想できる。
しかし私には、このシーンは余計な想像を掻き立てるだけで必要ないと思う。つまり、続編を期待させるには、前述したゴジラの肉片が再生し始めるラストだけで十分であった筈だ。
欲を言えばキリがないが、怪獣映画として、いや戦争映画としてみても、更にSF映画としても、非常に完成度の高い作品である。
まさに、CGが奏でるゴジラが日本の映画界をここまで進化させたと言えなくもないが、過去の日本のゴジラ映画と比較しても、今回の「ゴジラ-1.0」は全てにおいて別格である。
正直、ハリウッドゴジラも含め、これまでのゴジラは子供騙しの縫いぐるみや幼稚な仮想CGに過ぎなかった。更には、過去ハリウッドで作られたCG巨編も所詮は、CGの領域を抜け出す事はなかった。
だが、今作のゴジラは全てがリアルで、描かれた時代も戦後という事で、CGも慎重に作られ、そのリアルさが色濃く滲み出てた様に思える。
その上、低予算(22億円)で作られた事は世界の映画関係者を絶賛させた。
”1500万ドルの予算で作られた本作は、劇場を出た瞬間に忘れてしまう悪い脚本と凡庸で1次元的なキャラクターで構成された製作費2億ドルの映画よりも遥かに良い事がわかった。説得力あるストーリーがあれば、数千万ドルの費用が掛かる有名なハリウッド映画スターが必要ない事も本作を通して得た教訓である”と、米紙Forbesはハリウッドへの皮肉たっぷりに語っている。
ハリウッドを含め、世界の映画界では、CGを駆使した作品が過去に数多く作られてきた。だが、見るものを感動させたCGは存在しなかった。だが、本作はゴジラを知らない人たちまでをも感動させたのだ。
”ゴジラ-1.0”はCGを遥かに超え、その先を生きてる様にも思える。
つまり私達が知ってるゴジラは私達がイメージする、ずっと先を生きてるのかもしれない。