象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

”崩れ落ちる兵士”に見る、キャパが背負った十字架とは?


 この「崩れ落ちる兵士”The Falling Soldier”に疑いが持たれているのは、既に40年も前のいわば”常識”でもあり、NHK沢木耕太郎が新たに発見したという、安直なアプローチの問題ではない。
 つまり、NHKスペシャル「運命の一枚~”戦場”写真最大の謎に挑む」の一番の目的は、この写真の”真贋”論争ではなく、沢木耕太郎がキャパの深い闇と謎に一石を投じた事だ。


キャパの深い闇と真相

 2013年2月に放送されたもので、ネタ的にかなり古いが、再度キャパの真相を探りたくなった。私はこう見えても、芸術に関しては少しウルサイんです。
 それは、①写真の兵士が撃たれたのではなく、単に足を滑らせて転んだもの。②写真を取ったのはキャパではなく一緒にいた恋人のゲルダ•タローである、との2点。
 そして最後にも述べるが、何故?キャパがこの疑惑を隠し通してたのか?
 ま、これを言いたくて敢えてブログにしたんですが。事実、ロバート•キャパが、この2人の写真家によって作られた架空の人物である事は不思議と知られてはいない。
 故に、この事を知らないで”崩れ落ちる兵士”の真偽を語ると、全くのバカな誤解を生む。49分という短い放送時間の中では全てを伝えきれる筈もない。
 でもせめて冒頭で、この事を言ってほしかった。
 
 しかし、大半の日本人は騙されたと勘違いし、キャパの写真は”やらせ”だと一斉に非難する。まるで、おらが村の自慢みたいにだ。
 ま、私のド田舎にもこんなのが殆どだから、NHKも沢木さんも大変だったろうね。でも、こんな無垢でバカ正直な世間知らずの日本人を相手にしない限り、本が売れる事はない。
 小説もドキュメントも騙してナンボなのだ。読む側も騙される快感に酔い、その対価としてお金を払う。Pオースターじゃないが、”書く事に意味はない”のだ。 


ゲルダ•タローとキャパ

 キャパと言えば、前述の「崩れ落ちる兵士」が有名だが、私が記憶にある写真とは異なる。私が知ってるのは、”お墓の前で頭を項垂れる一人の兵士”の写真だった筈だが、あれも贋物だったんだろうか。

 ”ロバート•キャパ”ことアンドレフリードマン(1913-1954)とゲルダ•タロー(1910-1937)は、1934年にパリで出会い意気投合し、1936年春に”ロバート•キャパ”という架空の名を使い、報道写真の撮影と売り込みをはじめた。因みに、”タロー”(本名ゲルタ・ポホリレ)とは山本太郎からとったとされる。
 実はゲルダは、既に偉大な業績があるアメリカ人カメラマンのロバート•キャパなる実在した人物をモデルにし、困窮してたアンドレに被せたのだ。
 「崩れ落ちる兵士」の大成功のお陰で仕事が軌道に乗りはじめた。しかしゲルダの策略がばれ、アンドレ自身が”キャパ”になり代わり、ゲルダ自身も写真家として自立する。

 しかし、その矢先の1937年、ゲルダはスペイン内戦の取材中に命を落とし、26年の短い生涯を終えた。アンドレゲルダの死を知り、3日3晩泣き続けた。
 ゲルダの存在とその死は、キャパのその後の活動にも大きな影響を及ぼした。ハンガリーユダヤ人で内気なアンドレは、ゲルダの戦場での男勝りな撮影に勇気を与えられた。
 それからのキャパは、まるでゲルダの魂が乗り移ったかの様に凄まじい偉業を成し遂げたのだ。以来、数多くの戦争をフィルムに収め、最後はゲルタと同様に、戦場の犠牲になって命を落とした(享年41歳)。


”運命の一枚”を生んだゲルダ

 以下、nori0818さんのブログを参考です。
 つまり、キャパを語るにはゲルダを知る必要があり、”崩れ落ちる兵士”の謎は2人の謎でもある。キャパはゲルダが写真家になると言った時、猛反対したという。
 ゲルダとキャパの写真の違いは、使用するカメラによって現像した写真が正方形か長方形かとされる。
 NHKスペシャル「運命の一枚」では、様々な検証からこの写真は正方形現像であり、撮影したのはゲルダではないか?と推測した。
 しかも、日付から追うとこの場所でスペイン戦争が勃発したのは少し後日となっており、ライフルを発射できる状態にはないとの事で、これは単なる余興演習ではないかと。

 つまり、この兵士は撃たれたんではなく、単なる丘の斜面でズッコケた瞬間を捉えた事となる。
 事実、後日発表したロバート•キャパ編集の写真集にも、この有名過ぎる写真が掲載されていないなど不可解な事もある。
 とはいえ、この事は二人の写真家の偉大な功績に影を落とすものではない。むしろ、お互いを愛し、信頼しあい、共同でこの”崩れ落ちる兵士”の偉業を成し得た事の意義の方がずっと大きい。

 二人は、戦争自体よりもそこにいる人間達をファインダーに捉えた。キャパが来日した時、”日本の美”しい光景より、そこにいる人間の自然な表情を撮影し、周りを困惑させたのは有名な話だ。
 つまり、”表情を撮る”というカメラワークこそが、ロバートキャパの原点なのだ。戦争とはあくまで背景に過ぎなかったのだろうか。以上、ヤフーブログからでした。


「崩れ落ちる兵士」の真相

 ”崩れ落ちる兵士”(The Falling Soldier)に写ってた兵士は実は、ただ後ろに転びそうになっている兵士であり、この兵士は命を落としてもいなかった事が後に判明してる。
 つまり、”転びそうになった兵士”と言ったら、ゲルダ嬢に怒られそうですかな(笑)。
 では何故?キャパが”崩れ落ちる兵士”について、何も語らなかったのか?

 沢木耕太郎氏は次の様に推測した。
 ユダヤ人であったキャパにとって、ヒトラー率いるナチスは敵だった。祖国ハンガリーにもファシズムの影響が及び、ユダヤ人は迫害されていたので、キャパは祖国を逃れてパリに出て、カメラの力でファシズムと戦おうとした。
 当時まだ、写真家としての実績がなかったキャパが、ゲルダと共にインチキを重ねて成立したこの写真こそが、メディア上で反ファシズムのシンボルとして用いられる様になり、皮肉にも社会的に大きな影響力を持つものになってしまったのだ。
 ファシズムと戦いたいキャパは、この写真の真相を告白する事ができなくなり、口を噤んだ”

 また、”パートナーのゲルダが”崩れ落ちる兵士”が雑誌に掲載され、有名になる直前に戦場で事故死してしまった為、キャパは本物の戦場で撮影をした経験もない自分に2重の”引け目”を感じ、その心理的な負債を少しでも減らす為に、ゲルタ死後の人生で彼は、命を顧みずに本物の戦場へと出て行かざるを得なくなったのではないか”とも推測している(ウィキ)。 


”崩れ落ちなかった”兵士の呪い?

 結局、「崩れ落ちる兵士」をキャパの視点で見ると大きな誤解を生むが、恋人のゲルタの視点で見ると、むしろ彼女の生き様の凄みとその卓越した才気に、只々畏敬の念を覚えてしまう。
 ゲルダはキャパを創り、”崩れ落ちる兵士”を策造し、自ら戦争の犠牲になって短い生涯を閉じた。しかしその写真は、キャパの望み通り、世界の世論を突き動かし、ファシズムを追い詰め、崩壊させた。
 しかし、”崩れ落ちる兵士”の重圧からは、流石のキャパも逃れる事は出来なかった。そして彼も、ゲルダと同様に戦争の犠牲者となり、41才の生涯を閉じる。

 沢木氏は、キャパの背中に”崩れ落ちる兵士”の重圧をハッキリと見て取ったのだ。
 最初から、”崩れ落ちる兵士”が贋物という事は判りきっていた。
 しかし何故キャパが敢えて、その贋物を公表したのか?を沢木氏は知りたかったのだ。
 NHKスペシャル「運命の一枚」では、その答えが得られただけでも、批判されるべきものではない。むしろ大きな評価に値する。

 写真に真実だけを求めるの愚の骨董である。それは、小説に真実だけを求めるのと同じだ。つまり、”写真は真実よりも小説よりも奇なり”なのだから。


キャパが見た、表現の不自由展

 もしキャパが生きてたら、愛知トリエンナーレの”表現の不自由展”をどういう目で眺めたろうか。面白いコメントが届いたので追記です。 
 慰安婦像を見て怒りを覚え、燃やされる天皇の肖像を見て不快に思う日本人の表情そのものにフォーカスを合わせるのだろうか。
 そうすれば芸術そのものが傷つく事はなかった(勿論、日本人は傷ついたろうが)。

 ゲルダだったら、単に慰安婦像を飾るだけでなく、それを見つめる日本人の複雑な表情を、一歩踏み込んで色んな角度からフォーカスするのだろうか。
 複数の慰安婦像を上下左右と様々にレイアウトし、それらを見つめる日本人の表情を、多彩なアングルからシャッターを切るのだろうか。事実、”崩れ落ちる兵士”は微妙な下からの、計算され尽くしたアングルだ。

 何だか考えるだけで、”不自由な表現”が無限大に広がる気がする。
 後年キャパは後輩カメラマンに、”君たちの写真が上手く行かないのは、あと半歩前に出ないからだ”と述べている。これは正にゲルダが行動で表した事であり、今回のトリエンナーレの悲劇を生んだ原因を指摘してる。
 慰安婦像も燃やされる天皇の肖像も、ただそれだけでは単なる反日であり、芸術にはなり得ない”
 もしキャパが生きてたら、そんなコメントをこぼしたろうか。ああ考えるだけで眠れなくなる。