
ネットコミュニティが消滅する日。
ネットコミュニティとそれを拡散させるSNS。そのSNSが堕落し、ネット上のコミュニティ(場)が消滅する。そういう最悪の日が来るのか。
勿論、これには主観と願望が強く籠もってます。TwitterもFacebookもインスタも消滅してほしい、コラムだけで十分だと。
先日、何らかのトラブルで通信障害が発生した時、ふとそう思った。
半永久的にネットが不通になったらと、期待する自分がいたのも事実。これだけネットに頼りながら、消滅してしまえと願う自分がいた。
さてと本題です。
ネットコミュニティは消滅するのか?
その可能性もないとは言えない。
オンラインのマルチプレーヤーゲームがその典型であろう。あれ程までに全世界中に繁殖したマルチゲーが今や下火になりつつある。故に、昨今のPCゲームは一人高度なCGを眺め、ゆっくり楽しむ“放置ゲー“が目立ってきた。
マルチ全盛の頃は、スコアや順位を無機質に競い合い、他を誹謗中傷するケースが多々出てきた。運営側が100%見張ってれば問題はないが、現実的には不可能である。不特定多数が集まるゲームコミュニティで、一人一人を見張れる筈もない。
ネットコミュニティ同様に、全てを十全に管理するには莫大な経費が掛かる。勿論、小規模であれば良心的なコミュニティが簡単に構築できるが、大きなコミュニティに飲み込まれるか、弾かれてしまう。
マルチゲーは一時の勢いはない。それどころか衰退の道を辿ってる様に思う、勿論期待を込めてだが(笑)。
当初は目新しくも珍しくもあり、自分の腕前を試したいという稚弱な欲求から、マルチゲーに数多くが参加したが。稚欲に満ちた競争欲一辺倒の世界に辟易し、退会したヘビーゲーマーも多かろう。
eスポーツに見るシングルゲーの復活
競争も自己満足なら、幻想や妄想も自己満足である。だったら一人きりで、仲のいい友人たちと楽しんだ方がずっと盛り上がる。故に”eスポーツ”の様なスタンドアロン系対戦が復活するのも無理はない。これも期待を込めてですが。
これは、ネットコミュニティでも同じ事だろう。アクセ数をむやみに無機質に競い合い、ライバルとなりそうな奴は嫌味コメを大量投下し、阻害する。
そうやって、無機質なコミュニティに成り下がり、消滅する。勿論、強い主観ですが。
運営側が逐一見張ればいいんだが、アクセ数目当てのブロガーは、違反しそうな露骨な記事はまず書かない。無難な記事で上手く纏め、味方になりそうなコメンターには分厚いおもてなしを、強力なライバルには容赦なく誹謗中傷を捧げる。
アクセスも嫌味のコメントも、不特定のサーバーを経由するから、足がつかない。それに、地下に潜るアクセ連打や嫌味コメ投下プログラムが存在するから、なお厄介だ。
勿論、運営側の不手際で、SNSそのものが炎上し消滅するケースも多い。”ときめきメモリアル”はその典型だろうと。つまり、”ネット上のコミュニティを完全コントロールしようとすると崩壊する”と警告する。
SNSの成長期を襲う“炎上“とは
ネットコミュニティが、”創世記→成長期→円熟期→硬直期→衰退期”という流れの中でそれぞれどのように崩壊していくのか。
以下、2007年のGIGAZINEの記事を参考です。かなり古いですが結構、当を得てると思います。
ネットコミュニティが創世記から成長期にかけ、安定したかに思えた時、決まった様に発生するのが、”炎上”である。
”炎上”とは、あるブログのコメント欄に大量のユーザーが殺到し、感情的なコメントを延々と書き込み続ける。それに対してブログ主の取る行動、例えばコメントの削除や反論や言い訳が、更なるコメントを招き寄せる”炎”となり、最終的には完全に燃え尽きて閉鎖する事ですと。
この”炎上”が起り易いのが、コミュニティの出発時で、コミュニティには”空気“という独特の”場”が存在し、その空気を形成する最初の時点で適切な”場”を作り上げないと”炎上”を招く。
ネットコミュニティの脆弱さ
アインシュタインの相対性理論では、強い重力の周りでは”場”が歪む。故に、純度の高い強かなブログはネットをも歪めるのだろうか?
ブログもSNSも、ネット上にコミュニティ(場)を形成し、クチコミ効果を狙い、製品の売上げを伸ばすという安直な戦略から生まれたんですが。幼稚な基盤が故に、そのスタート地点でコケるケースが多い。
コミュニティが最初に誕生した直後、いわゆる創成期には嘘偽りなく、そこから始まる今後のコミュニティ成長の為にも真っ当で密なコミュニケーションが必要だという。
でも、そこまでバカ正直に空気を読む必要があるのか。そもそも燃え易い幼稚なテーマを議題にしない事の方がずっと重要だと思うが。
ドコモmixiの様に対話を拒否するでなく、ソニーの製品ブログの様に最初から嘘をつくという”信頼関係の否定”も炎上に直結すると。
つまり、コミュニケーションを否定し拒否するコミュニティは成長せず崩壊すると語る。
当前かもだが、ホントにそうかな?質の高いブロガーの中には、コメントを受けつけない人もいる。ネットはコミュニケーションが全てだとは思えないんだが。
円熟期を襲う“イナゴ化“
炎上を何とか乗り越え、円熟期→硬直期への”安定期”では、成功してる人気ブロガーの大半はこの状態にある筈だが。この安定期に訪れるのが”イナゴ化”という脅威。
”イナゴ化”とは、あるブログのコメント欄へ一時的に、悪意のある嫌味な匿名のコメントが不特定多数現れる様をイナゴの大群に例えた言葉ですが。
そして、円熟したコミュニティの参加者の一部が”暴徒化”し、一気に衰退期へと向かってしまう。これこそがコミュニティの崩壊の原因である”安定からの衰退”で、繁栄し爛熟した文明や国家の行く末みたいですね。
この”イナゴ化”を防ぐには、運営側や管理側がしっかりとした指針を打ち出したり、システムの改善を行ったりする必要性があるという。
しかし、コミュニティが腐り、枯れるのは自然の掟であり、防げる筈もない。だから、質の高いブログや芯の強いコラムというのは必要で、安っぽく質の低いのは生鮮食品と同じで直ぐに腐っちゃう。
チャット系のTwitterやインスタが炎上しなくとも、イナゴ化に遭遇しなくとも、風化する可能性は非常に高い訳だが、腐る以上のペースで新しい血が次々と流れ込んでるのか。
この衰退期に入るとユーザーが流出し、民族移動ならぬ”住人移動”となる。
例えば、オンラインゲームなどで無料期間が終われば、そのゲーム内のコミュニティが丸ごと別の新しい無料オンラインゲームに移動する、といった事は日常茶飯事だろう。
衰退を防ぐには
ユーザーの流出を防ぐには、ユーザー視点に立った運営がシステム面を含め、行われる事が必要と語る。でもブログだって、Twitterやインスタがネット上で増殖すれば、いくら運営部が努力しても流出は防げない。
むしろ、ブログとTwitterやインスタを密に結びつけるネットワークの構築が必要なのではとも思う。
しかし、円熟期にある”古参”ではなく、新しく入ってくる”新参”を丁重に扱うというやり方は手っ取り早いかもです。”新しい血を入れる”事を延々と続ける事で,、”誰もいなくなった”という状況を回避出来るかもだ。
ネットコミュニティが粗大ゴミになるのを防ぐには、常に新しい何かが必要なのは確かではある。
国家に匹敵するネットコミュニティとは
では最後に、巨大化するネットコミュニティは”国家”に匹敵するのか?
SNSの運営を経験した事がある人は、”国家もネットと同様に、一種のコミュニティなのでは?”と感じた事があるのでは。
彼らには、あるネットコミュニティがほぼ確実に国家に匹敵するだけの力を持つ時が来るのではないか?という期待を持つ。
インターネットは国家の国境でさえも楽に突破した。あとは”言語”の壁を突破すれば、そのコミュニティの主催者は国家首脳級の発言力を保持出来るかもしれない。
事実、私めのリーマンブログの”その11”で、ラングランズ予想について少し書いてますが。その予想の核は、”世界中の言語が1つの言葉に統一される”ようなもので。事実、世界的な権威の下で、真剣に討論され、解決に向け討議されてるという事です。
ひょっとしたら、ゼータ関数の無限の結び付きが数学の世界をも統一するかもです。
Googleに関して言えば、国家に匹敵するだけの参加者数と国家レベルの運営管理能力、そしてその巨大なネットコミュニティを維持するだけの運営資金が確保できた時、”崩壊しない”コミュニティが構築され、ネット上に新しい国家が建設されるかもしれない。
しかし、最初に述べた様に、マルチゲームの衰退を目のあたりにすると、ネットが国家に変貌するのはありえないと思うのだが。
因みに、「さよならインターネット」(家入一真 著)は、レビューこそイマイチだが、読む価値は十分にあると思う。