象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

いまさら聞けない?右翼と左翼の違い

 統一教会とズブズブと噂される故安倍氏だが、政権当時、悪質な霊感商法を優遇してた事が明らかになってきている。
 民主主義に対する蛮行、いや愚行とも言えるが、典型の右翼と噂される安倍政権にとっては、朝飯前の事でもあったのだろうか。

 「中国と戦争だと盛り上がる日本の右派」との記事にもコメントしたが、中間の濃度がない空洞化した思考は、”右か?左か?”といった二極化した危険な思想をいとも簡単に呼び込む。それは、第二次戦時中の”特攻・バンザイ攻撃・人間魚雷”の悲しき三点セットを振り返れば、理解できるだろう。
 つまり、”右”に極端に傾いた過激な国粋主義も、思考の空洞化がもたらした暴走と言えなくもない。一方で、アメリカと中国の行き過ぎた(空洞化の危機もある)覇権主義にもウンザリだが、その間を巧みに振舞う稠密で柔軟な思考というのも、日本外交には不可欠ではないか。
 だが、これも思考が空洞化した右翼から見れば弱腰に映りかねない。しかし、アメリカと中国のどちら側についても、戦争になれば(戦場となる)日本には火の粉が舞い降りる。
 追い詰められる度に思考は右に傾き(空洞化し)暴走すれば、命は幾つあっても足りない。いや、日本という小さな島国は幾つあっても足りない。

 未だに、ネット上では”ネトウヨ”や”パヨク”といった文字が飛び交う。しかし、そもそも右翼と左翼の違いをきちんと理解してる日本人は、どれ程いるのだろうか? 
 そういう私も、正直、ネトウヨ(ネット右翼)とかパヨク(ネット左翼)とか聞いても、あまりピンと来ない。事実、第二次大戦時の日本では、戦況に応じ、右翼と左翼を臨機応変に行き来する悪賢い政治屋も少なからずいた。

 浅羽通明氏の著書「右翼と左翼」は、フランス革命から現代へと至る歴史を紐解き、その定義や”ねじれ”を鮮やかに解説する。
 以下、「右翼と左翼の違い、説明できますか」より一部抜粋です。


右翼とは?左翼とは?

 ”左翼”とは、人間は本来、自由かつ平等で人権があるという理性と知性で考えついた理念を、まだ知らない人にも広め(啓蒙)、世に実現しようと志す。これらの理念は”国際的”で”普遍的”であり、その実現こそが人類の”進歩”と考える。
 故に、現実に支配や抑圧、上下の身分、差別といった”自由”と”平等”に反する制度や行為があったら、それを批判し改革するのが”左翼”と自任する人の使命となる。改革派とか革命派とか呼ぶのも、それ故かもしれない。
 また、そうした改革や革命は(権力に弾圧されて続けてきた)下層階級の存続と利益とに結びつく。しかし、これには”政治や経済の仕組みは人間の手で作りかえる事ができる”という前提がある。

 一方で”右翼”は、伝統や人間の感情や情緒を重視する。知性や理性が生み出した自由や平等や人権では人は割り切れないと考える。故に、反合理主義や反知性主義や反啓蒙主義と呼ばれる。
 たとえそれらに何ら合理性が認められなくとも、”長い間定着してきた世の中の仕組み(秩序)である以上は、多少の弊害があっても簡単に変えられないし、変えるべきでない”と結論する。
 こうした伝統的な世の仕組みには、近代以前に起源を有する王制や天皇制や身分制などが含まれ、それらは大方、階層的秩序や絶対的権威を含む。
 右翼と称する人は、それら威厳に満ちた歴史あるものを貴く思って憧れる伝統的感情を重んじる。しかし、そんなのは”人権無視で抑圧的で差別の温床だ”などと知性的・合理的・啓蒙的に批判する左翼らが企てる革命や改革から、それらを保守しようとする。
 ここで保守すべき歴史や伝統は、各国・各民族それぞれで独自のものとならざるを得ないので、右翼はどうしても”国粋主義”や”民族主義”となり、左翼の”国際主義”や”普遍主義”と拮抗するようになる。

 以上より、自由や平等といった価値をより実現しようとする思想や政治的立場ほど、”左寄り”で、それらを否定する伝統的秩序をより尊重し守ろうとするほど”右寄り”となる。

 例えば”市場原理主義”だが、小泉政権構造改革などもこの一種と見られてたが、小さな政府を良しとして規制撤廃を図り、社会福祉を削減し、自己決定・自己責任の世の中を目指す考え方でした。
 果たしてこれは、右なのか?左なのか?
 一見だが、自由を徹底させてる様だし、既得権の否定などは平等の実現にも思える。
 では左なのか?しかし格差拡大を容認する事は反平等だから、右のようでもある。
 一方で、国民の人権や自由を抑圧し、崩壊した旧ソ連などの社会主義の国は、右なのか?左なのか?

 また、民族の伝統を尊重するのは”右”となる筈だが、他民族に支配・抑圧・差別されている少数民族らが自らの自由の獲得や他民族との平等を求め、民族解放を目標とし、自分たちの”国家”を建設しようとする戦いへ向けて立ち上がる運動、例えば昔のベトナム解放戦争や現在のクルド人チェチェン人の闘争は左翼なのだろうか。いや右翼なのか。
 自由と平等へ急進する左翼と伝統的権威や階層を保守する右翼。この両端の間をどう捉えるか。
 つまり”右─左”や”右翼─左翼”という数直線上に諸思想を位置づけ、歴史に即してより具体的に知らなければ難しいという。
 以上、幻冬舎Plusからでした。


右翼という名の沈没船

 統一教会による政界汚染が次々と報じられる中、新たに警視庁公安部が作成した捜査資料の存在が明らかになり、そこには統一教会との関係が疑われる政治家の名前も記載されていた。現職議員の名前もあり、安倍派以外にも岸田派の幹部の名前も存在する。
 公安部は統一教会について、”法治国家を脅かすカルト教団だ”と見ていた為、こうしたリストを作成していた(デイリー新潮)。

 これが事実なら、モリカケやバラマキやサクラなどが軽く吹っ飛びそうな、日本憲政史上最悪の事態となる。
 小学生の頃、”日本は議会民主主義だ”と教えられた記憶があるが、すぐにウソだと理解できた。事実すぐに、田中角栄の”ロッキード事件”が勃発した。
 勿論、間接民主主義の限界はあるが、ここまで自民党政権の頭と骨組みまでが腐ってしまうと、国民の意見が反映されないどころか、中世の独裁国家の恐怖政治を見てるみたいで、日本列島から逃げ出したくもなる。
 因みに、議会民主主義と言えば、聞こえはいいが、(ある若い子がポツンと言ってたが)選挙という名の出来レースが避けられないシステムの事でもある。

 これも、ある程度予想はついてたが、岸田首相も所詮は”穏やかな”右翼だったのだ。
 故安倍氏に関しては、銃撃された当初は、”殺されて不運だった”とかの声もあったが、(殺人は養護できる筈もないが)これからは”殺されて◯然”という声も多くなるのだろうか。
 事実、JNN世論調査では安倍氏国葬について、賛成が42%で反対が45%だった。
 死後すぐに最高位の勲章を与え、強引に国葬へと持っていく。怪しい何かを感じてはいたが、巨悪がここまで地下深くに埋没してるとは、”アベガー”の私でも只々驚くばかりである。

 アベガーがキシダガーに変わる日、日本国民は右翼という名の穏やかな沈没船に乗せられ、太平洋戦争と同じ悲劇を味わうのだろうか。