
約一ヶ月以上ぶりの大場政夫アナザーストーリーです。イマイチ人気ないですが宜しくです。
その1では、2年半ぶりの大場の復帰3戦目まで進めました。いよいよ、メキシコの怪人サラテを日本に迎えます。
そのサラテの唯一とも言える弱点がリーチだった。身長は178センチと大場よりも5センチ高いが、リーチは僅かに170しかない。しかし、そのリーチのなさを最大の利点にした。お陰で、ガチの殴り合いとなるセメントの接近戦では、無類の強さを発揮した。
お陰で皆が皆、長身のサラテに対し接近戦を挑み、決まった様に強打の餌食となった。
しかし、帝拳ジムは、何故こんなに強い王者を選んだのか。理由は一つ、サラテもまた壮絶な減量苦に見舞われてたのだ。バンタムでの試合はこれが最後だと噂されてた。
大場サイドは、持久戦に持ち込む作戦を立てた。脚を使い、減量でダメージを負ったサラテのボディを、左右のロングで徹底して攻撃するプランだ。
こうやって序盤から中盤を凌げば、部類のスタミナで優る大場に勝ち目があると踏んだ。
大場はアモレス戦同様に、毎日20キロの走り込みを続けた。月に400キロもの地獄のロードワークを自らに課した。”打ち合うな脚を使え”は、桑田トレーナーが常に声を荒げて言った言葉だ。
以前大場は、この桑田のやり方を時代遅れと鼻で笑った。左右のストレートだけで、それも打ち合わずして勝てる筈がないじゃないかと。桑田さんはボクシングを何も判っちゃいないと。
しかし、今はこの桑田の言葉に、大場は感謝してる。桑田トレーナーの言う事さえ守ってれば、必ず勝てると断言する。
それに大場には、フライ級の王者だった時に、4度のノンタイトルをこなしてる。4人とも世界ランカーだ。今でいうスーパーフライのウエイトで戦ったから、ある程度上の階級で戦う事には手応えを感じていた。僅か1.4キロの上乗せが大場のボクシングに幅をもたせてたのだ。
故に、サラテとのマッチメイクは、偶然でも全くのミスマッチでもなかった。
でも、ただ唯一頭を悩ませたのが、試合会場だった。勿論サラテ陣営は、アメリカのラスベガスか、地元に近いテキサスを要求した。
しかし、日本での開催を強く要求する大場サイドは折れなかった。しつこく交渉し、最後はジャパンマネーが功を奏し、日本での開催に何とかこぎ着けた。
これには、サラテの減量苦も大きかった。9月といっても、テキサスやラスベガスはまだまだ暑い。サラテにとっても、涼しい東京でぬくぬくと試合した方が、減量でダメージを負った肉体に優しいと踏んだのだ。
東京での開催が決まった時、日本中は揺れた。”相手が強すぎる、全盛期のジョフレよりも強いじゃないか。流石の大場も勝ち目がないな”との声も多かった。しかし、前売りは一瞬にして売り切れた。
勿論、来日したサラテ陣営も自信満々だ。派手な赤いスーツに身を纏い、颯爽とインタビューに応える。
”大場の事?あまり知らないな。ただ打たれ弱いという事は知ってるぜ。何れにせよ、オレの相手じゃない。日本のファンには悪いが目を瞑ってでも勝てる相手さ”
横にいた老トレーナーがポツリと呟いた。”戦歴を見ろよ、それが全てを物語ってる。大場ファンには悪いが、モノが違いすぎるんだよ”
日本のメディアは、敢えてこのコメントを公表しなかった。彼等は事実を本当の事を言っただけだった。単に大場陣営がビビるのを、日本のファンが混乱するのを恐れたのだ。
一方大場サイドは、思った以上に冷静だった。長野ハル会長は皮肉った。”25才にしては随分と老けてらっしゃるわね。お父様だと勘違いしちゃったわ”
桑田トレーナーはきっぱりと言い放った。”勝負はもう付いてる。練習の質と量が違いすぎる。階級を上げたお陰で、今の大場はピークに近い。テクニックもスピードもフットワークも大場の方が上だ。フライ級の大場は本当の大場ではない、バンタムでの大場こそ、本当の大場なんだ”
流石に、横にいて黙っててた大場も、薄笑いを浮かべた。”まあ、観ててくださいよ。バンタム級での新しい大場政夫をお見せしますよ”
事実、今回の大場は別人だった。何時もはタイトルマッチの前になると、しばし弱音を吐いたものだ。
アモレス戦の時は、”正直やりたくない”と言い放った。チャチャイの時は、”俺の手を見ろよ、老人の干乾びた手の平さ”と愚痴を漏らした。
いよいよ公開スパーのメディアへのお披露目がやってきた。まずは挑戦者の大場からだ。スパーリングパートナーは、Jrフェザー(1976年創設)のワルインゲ中山。ケニア出身の日本国籍のボクサーだ。190戦近くのアマ連歴を誇る、メキシコ五輪で銅メダルを獲得したテクニシャンでもある。昨年11月にサラテに挑み、4RKO負けを喰らい、一線から退いてた。
大場は自慢の軽く爽快なフットワークと、芸術的で鮮やかな左右のストレートを披露した。打ち合う場面は殆どなかったが、完成度の高いボクシングは関係者を唸らせた。
サラテ陣営は少し顔を曇らせた。勿論ボクシングの本場メキシコにも、アウトボクサーは沢山いる。しかし、明らかに大場のそれは質が違った。メディアの問い掛けには何も応えずにジムを去っていく。
翌日に行われたサラテのスパーには、多くの関係者やボクシング小僧がこぞって集まった。重くて的確で破壊力十分の、左右のフックやアッパーに戦慄が走る。これがKO率9割7分の破壊力か。”黒い悪魔”と恐れられたアモレスのそれとは、レヴェルが違った。
しかし、時折口で息する場面も見られ、減量の苦しさが見え隠れした。それに、ベタ脚で動くフットワークも少しギクシャクしたものがあった。
確かに、サラテの強打は破壊力十分で一撃で大場を沈める威力を持つが。果たして大場の脚を止める事が出来るのかが、メディアや関係者の一致した意見でもあった。
大場サイドは、メディアのインタビューに冷静に応えてた。”確かにサラテの強打は要注意だ。しかし、弱点もある。決して勝てない相手ではない。試合が楽しみだ”と。
大場は淡々とメニューをこなした。決戦の時まで1週間を切った。フライ級の時と比べ、上腕は大きく盛り上がり、背筋はヒョウみたいに獰猛な形を帯びていた。フェザーでも戦える程の筋肉の盛り上がりだ。
118ポンド(53.524キロ)をやや上回る54キロで落ち着いていた。今回の減量は十分過ぎる程上手く行った。フライ級王者の時はここからが地獄だったのだが。
しかし、バンタムに上げてからは、減量という地獄とは無縁になっていた。週4度の計80キロのロードワークにも声を荒げる事はなかった。
食べたいものが比較的自由に食える幸せを噛み締めながら、ハードなメニューを淡々とこなした。獰猛さに余裕と精悍さが増したとは、この事か。
一方、サラテ陣営は、やはり減量が気になってた。来日するまでに55キロをキープしてたが、東京に来てから中々落ちない。僅か1.5キロが落ちないのだ。
サラテは次第に神経質になっていった。トレーナーや会長に八つ当たりする様になった。以降、メディアを完全シャットアウトでの過酷な減量メニューが続く。
計量は当日計量だから、減量ミスはそのまま棄権に、無効試合に繋がる。何としても午前中の1回目の計量でパスしたい。
大場サイドにもこの情報は伝わった。もし、サラテが計量に失敗したら、タイトルは剥奪され、ノンタイトル戦になってしまう。興行権を持つ帝拳もそれだけは避けたかった。それに大場のコンディションは過去最高に仕上がってた。
大金が転がり込む筈の日本中が色めきだつ世紀の一戦が、負債を抱えるだけの世紀の凡戦になる事は、絶対に避けたかった。
フライ級では散々減量に苦しめられた大場は、今や減量苦から開放され、かつてない程の最高のモチベーションで決戦の時を迎えようとしていた。
一方、サラテは殆ど毎試合をKOで下し、バンタム級を我が物顔で蹂躙していた、このクラス史上最強と謳われたメキシコの英雄は、今や減量苦に追い詰められてた。
大場サイドは、もしサラテが減量に失敗したら、負債の半分を工面する様にと、サラテ陣営に訴え、WBCの承認を難なく得た。
これで逃げ場のなくなったサラテ陣営は、何としても減量を成功させる他なかった。WBCも専門のドクターを送り、サラテの減量を必死でバックアップする。お陰で何とか初回の計量をクリアする事が出来た。
勿論大場は、リミットを僅かに200g下回る余裕の計量でパスした。メディアへの問い掛けにも余裕があった。”今の状態なら、誰とやっても勝てる自信がある。サラテとメキシコには悪いが、ベルトはここに置いていって貰う”
一方、サラテは少しダルそうに見えたが。減量苦を乗り越えた鋭い眼光は、輝かしい戦歴をも上回る何かを物語っていた。”ここ数試合は何時もこんな調子さ。でもリングに上がれば、全てはオレのもの。減量で苦しんだ分、早めに決着を付ける。リング上で遊んでる暇はないんだ”
大場とサラテは互いに笑って握手した。大場もサラテの減量の苦しみは、痛いほど感じてたからだ。それに相手に対するリスペクトも忘れてはいなかった。
ただ、横に並んだ互いの肉体を比較すると、大場のそれは躍動感に満ちていた。かすかにピック色掛かった瑞々しい肉体には、全てが満ちていた。
一方、サラテの茶褐色がかった肉体は、よりくすんで見えた。萎れそうな肉体には、何かが不足してる様に思えた。