象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

法要はペテンか?”後編”〜香典フェチの腐った慣習


 「法要はペテンか?(前編)」に寄せられたコメントに、”私の地方では香典は少なく包むという風習があります。大金を包むと亡くなった事が嬉しいとか、めでたいとか思われるのが嫌だからです”
 全くその通りである。
 私の叔母たちは、まるでお袋が死んだのが嬉しい程にテンションが高かったのだ。
 お袋が脳梗塞で倒れた時も、満面の笑顔で万札を包んできた。
 結婚式ならともかく、喪主が喪失と悲しみに塞ぎ込んでる時に大金を包むなんて、”傷に塩を塗る行為”そのものである(と思う)。

 正直、前編の記事を書いた後、私が考え過ぎなのかな?と少し反省もした。
 事実、49日法要の記事を検索すると、皆さん有り難い事に(コロナ明けにも関わらず)結構派手に行ってるのだ。
 葬儀や法事や香典に対する考え方は人どれぞれだろう。しかし、その本質は死者の魂を弔う事ではないか。少なくとも気持ちをお金に換えるという腐った慣習は廃絶すべきだ。
 皇室フェチと香典フェチは今すぐ排除しないと、日本列島は確実に沈没する。

 それでは前回の続きです。
 来客(計3人)も無事なんとか揃い、49日法要の準備は万端であった。いやその筈だった。

 
最後の抵抗

 私と叔母2人と奥さんと4人揃って屈託のない会話を交わしながら弁当を食べてると、お坊さんからの電話が鳴る。
 あと5分ほどで来るという。
 仏具の近くを見ても、”御仏前”らしきものはない。あるのは叔母が息子名義で名を書いたお菓子だけである。
 ”(香典は包むな!と)強く言って正解だった。これで半分が終わった”と私は安堵した。

 するとその時、場の空気が一変した。
 何と、婆二人が(事前に申し合わせた様に)御仏前の封筒を取り出し、慌てて万札を入れてるではないか。
 ”ババアはバカは叩いても死んでも治らん”とはこういう事だ。
 私はキレた。 
 ”あれほど強く包むなって言ってたのに、何ですか!これは💢”
 二人の叔母は黙って御仏前を用意している。
 私は激昂した。
 ”今まで幾ら包んでると思ってるんですか?もう少しお金を大切にしましょうよ!バカみたいに何度も何度も包みやがって!”
 バカという言葉に反応したのか、脚の不自由な叔母が血相を変える。
 ”アンタにやるんじゃないよぉ、お母さんにやるの”
 想定した言葉に、私は冷静を取り戻した。
 ”嗚呼そういう事ですか。だったら有り難く頂きましょう。お袋が天国でその香典で洋服を買うでしょうから、それが終わったら550円の手数料を上乗せし、そのまま現金封筒でお返しますから!それでいいですね”
 二人は黙ったまま、御仏前を仏具の前に差し出した。


最後の法要

 私の怒りが収まった時に、タイミングよくお坊さんがやって来た。
 この日の法事は兄が亡くなった日と丁度重なったので、(気のせいか)40分の読経が少し延びた様に感じた。
 ただ、10月の戻り初7日の時の読経と比べると、少しウンザリする程に長く感じたが、叔母たちを見ると流石に落ち込んでる様だ。
 まるで、画策した”香典作戦”を見抜かれてた様な気まずそうな表情を浮かべている。
 私は心の中で、”これが終われば俺は自由の身になる”と念じながら、陳腐にも感じた読経に耐え続けた。
 しかし、なかなか終わってくれない。10月には優雅に思えた読経が、長年の(母方の)親族の呪いを解き離つ”呪文”の様にも聞こえてきた。

 何とか読経が終了し、お坊さんと色々と20分ほどの雑談を交わし、自宅を後にした。

 ”全てが終わった”と感じた。
 何のトラブルもなしに、全てが幕を閉じたのだ。小さい時に体験した悪夢と呪いが全て払拭された様に感じた。
 子供の頃は(まるで亡霊屋敷にも思えた)母方の本家は今は誰も住んではいない。年に何度か掃除婦が来て、管理してるそうだが。多分、誰も住む事はないだろう。
 棲むとすれば、悪魔だけかもしれない。

 今、目の前にいる二人の叔母がその悪魔だとしたら?何だか今日のお経は”悪魔祓い”のようにも感じた。
 つまり、叔母たちの”最後の抵抗”は目の前の香木の香りや煙とともに消え去ったのだ。いや、その時はそう思えた・・・

 お坊さんが去ってから、2時間ほどお菓子をつまみながら、4人で雑談を交わした。
 落ち込んでた叔母二人も元気を取り戻したらしく、昔話で子供みたいにはしゃいでいた。
 母方の親族と、こんなにざっくりとした会話をするのはいつ以来だったろうか?
 しかし会話をしてると思うのだが、どうも食い違う。ある程度は同意できるが、肝心な部分は完全に食い違う。叔母達は敢えて私の意見に耳を塞ぎ、防御してるみたいだ。
 お陰で、美味しい筈の巻き寿司もなかなか喉を通らない。叔母と奥さんは楽しそうだけど、私はイマイチ楽しめなかった。
 しかし、”これで終わりだ”と思うと、今まで母方の親族で味わった諸々の嫌な事が魔境の如く思い出される。

 昔は、冠婚葬祭を除けば楽しみなんて何一つなかった。特に母方の田舎はみな、超の付く貧乏だったから余計である。
 その点、私は子供の頃はそこそこ裕福だったので、色んな楽しみが用意されていた。決して長続きはしなかったが、それなりに充実してはいた。
 お袋が亡くなった事は悲しいが、自由が手に入った事は最高の喜びに変わりつつある。
 一つの生命が終わり、新たなる生命が生まれる。人はそうやって生き延びてきた。
 つまり、1つの事を諦めれば、もう1つの新しい事を手に入れる事ができるのだ。


続・最後の抵抗?

 叔母二人が来てくれたので、香典返しを手渡す事が出来たのは(想定外だったが)とてもラッキーだった。
 というのも、これだけの量の商品(ラーメンセットと菓子ギフト)と商品券と現金をまとめて贈ろうとすれば、送料だけで2千円近くは掛かる。
 私は赤字を覚悟してでも母方の親族付き合いを終わりにしたかった。
 しかし、叔母たちはそうじゃない。何とか精一杯世話をして、何度も何度も香典を包んで、親戚関係を保持したいのだ。

 後日、(タブーとされる)現金返しの香典をもらった(脚の不自由な)叔母の一人はカンカンに怒っていた。
 ”せっかくの気持ちだから大切に使って下さい”と一方的に電話を切り、相手にしなかった。
 もう1人の叔母は、意外にも冷静だった。
 ”これが貴方の気持ちなら受け入れます。ただ、残りの叔母さんにはこういう事は絶対にしないで頂戴”とクギを刺した。
 実は、この3人目の叔母(4女)と従兄弟(母の兄の息子)からも多くの香典を貰っていた。
 特に、亡き母の妹の叔母(4女)さんは一番仲が良かったので、家族で何度も東京から来てくれて、その上に見舞金と御仏前と初7日の香典までをも預かっていた。
 この二人にも現金と商品券と粗品で香典返しをする予定だったし、その旨を伝えると。
 ”それは絶対に困る。叔母さんが苦しむだけだから商品券と品物だけにして”と泣きを売ってきた。
 全く、こう出る事は想定済みだった。
 ”叔母さんがそう言うなら、その意思を尊重して従いましょう”

 この叔母は自分たち姉妹の利害だけを最優先し、喪主の気持ちなんて全く考えてない事がハッキリした。これも想定内だったが、ここまで泣きつかれるとは思ってもいなかった。
 挙げ句には、”これからも関係を続けたい”とも言ってくる。

 ”バカを言うな”である。
 姉妹の利害に振り回されるのは、この私である。アンタらの気持ちだけを優先し、私の気持ちはどうなるのか?
 これから日本の経済は確実に悪くなる。お金をもっと大切に使わないと、確実に死滅する。安倍政権がODAを理由に巨額な税金をばら撒いた様に、庶民が香典を永遠にバラ撒き続けたら、それが互助の精神だとしても、最後にはお互いに潰れてしまう。
 まさに、狂婆どもの行く末を垣間見た感じがした。


最後に〜香典フェチの腐った実態

 私は亡き父と同じく、香典という賄賂に似た日本人の古き腐った慣習が全く理解できない。(政治家の汚職みたいに)なぜ気持ちをお金で表現しようとするのか?
 ”1/3返しとか半分返し”が相場とされるが、ボッタクリもいい所である。いくら昔お世話になったからとて、その行為をお金に変えるという事自体がタブーではないか?
 確かに貧しかった古き時代は、香典の一部(補助)で葬式を行ってたから、多くの人に参列してもらい、包んでもらう必要があった。

 しかし、今は(貧しい日本が故の)質素な葬儀の時代である。香典を受け付けず身内だけで行えば、それだけでも理想の葬儀は可能である。
 私は今回それを実証してみせた。いやその筈だった。だが、叔母連中はそれが不満だったようだ。姉の葬儀だけは派手に大袈裟にやらないと気に入らなかったみたいだ。

 叔母が脚を引きづって買ってきた法要の為に飾った生花は、私が百均で買った造花と比べ、萎れ老いてる様に見える。葬儀の時に贈られた花はとても鮮やかに見えたのに・・・
 そういう私もこれからは歳を取る毎に、古臭い風習に拘り、若い人達を苦しめるのだろうか?
 脳みそも内蔵も性格も肉体も腐れきり、植物人間になっても寝たきりでゾンビみたいに生き続けるのだろうか?

 しかし、香典の慣習が腐るのではなく、人間が腐っていくのだ。
 香典フェチと皇室フェチの腐った実態は今の日本を象徴している。
 そう思うと、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、、、三十三回忌と延々と続く法事(法要)が歪に腐りきった悪魔に、そして子供騙しのペテンに思えてきた。

 因みに、写真は”バルジの戦い”(1945)である。第二次世界大戦西部戦線におけるナチス軍の最後の大反撃に対する呼び名である。
 バルジとは”出っ張り”を指す英語だが、ドイツ軍の進撃により戦線の一部が突出した事から名付けられた。
 つまり、香典も度が過ぎると”バルジ”(出っ張り)になるのだろう。