象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

ランジェリー姿の女〜真夜中の訪問者”その88”


 多少は期待していた「真犯人フラグ」だが、第2話と第3話を見逃したので、ダイジェスト版を見たが、総選挙の結果と同じで少し拍子抜けした。
 ただ(個人的意見だが)、このミステリーは芳根京子をメインに展開した方が、小室圭似の青年社長やらっきょ女に猫婆さんなど、余計で浅薄なフラグを立てるより充実する様に思える。

 勿論、制作側も色々と流動的なプランは用意してるだろうから、視聴者の反応を見ながら臨機応変に対応していくのを期待はするが、それでもクレア・ディーンズの様な聡明な瞳を持つ芳根京子には興味を覚えた。
 恋愛モノにはどうかと思うが、こうしたサスペンスやシリアスものには、うってつけの中堅の女優さんだと思う。
 サギ男に簡単に騙される、何処かの国のマヌケな元皇室女とは違い、一目で物事の本質を抉りそうな瞳には”この女、何かを掴んでる”と思わず期待させてくれる。

 こうしたヒューマン・ミステリーが成功するか否かは、ごく一握りのメインキャストの存在に負う所が大きい。
 「真犯人フラグ」の序盤は、SNSの誹謗中傷による混乱や雑多なフラグ(伏線)がメインだが、登場人物を絞り込み、深く濃密に繰り広げられるシンプルな人間ドラマに仕上げてほしいもんだ。


ランジェリー姿の女

 夢の舞台は自分の部屋であった。
 そこで私はベッドの上で高熱にうなされている。(因みに、ブログを休んでた間に色んな夢を見たので、「真夜中の訪問者」の記事が続きますが悪しからずです)
 熱がなかなか下がらず、大事をとって隣の病院に電話をかけた。
 ”水枕を頭部の下に敷いて安眠する様に”との事で、”頭を冷やしすぎると逆に高熱に悩まされる”と注意された。
 私は指示に従い、水で湿らせたタオルをビニール袋に包み、後頭部に当てそのまま眠りにつく。
 お陰で何とか熱は下がり、熟睡に落ちた。

 しばらくして目が覚めると、私の横には若い看護婦(らしき女)がいた。
 呼んだ覚えはないのにと首を傾げてると、若い女は私の額にそっと手を載せる。 
 ”大丈夫みたいね。熱は随分と下がったわ”
 私は奇妙な雰囲気と奇怪な安堵感に包まれていた。
 ”そんなに大変だったんですか?それに看護婦を呼んだ覚えはないんですが”

 女はホッとしたのか、少し微笑んだ。
 ”一時は結構な高熱で、危篤状態に近かったんですよ。でも近くに病院があってラッキーでしたね。こういうのは早期発見が鍵となりますから” 
 ”そんなに?病院に電話し、水枕で十分だとの指示を受けた所までは覚えてますが。でも色々と面倒をおかけして何とお礼を言っていいのやら・・・”

 私は事の深刻さを知り、目の前の看護婦さんに改めて感謝の意を述べようと、ベッドから立ち上がろうとした時、女は私を遮った。
 ”今は無理は禁物よ。このまま安静にしとくべきだわ”と、女は大胆にもベッドの枕元に腰掛け、私の頭を顕になった白い太ももの上に載せるではないか。

 無限の悦楽が私の全てを包み込んだ。 
 私は女をじっくりと観察した。
 彼女は「真犯人フラグ」に登場する芳根京子だった。それも下着姿のままである。
 まるで、ランジェリーパブ嬢の様なエロい肢体であったと言いたいが、不思議とそこまで魅惑的と思える程でもなかった。
 少し拍子抜けしたが、思い切って彼女の方に寝返りを打つと、スレンダーな太ももが私の視界を覆い尽くす。

 思わず我を忘れた私は、女の両股を半ば強引に押し広げた。不思議と何の抵抗もなく開いた女の股間に顔をうずめ、そのまま淫らな下半身の上に覆いかぶさった。
 しかし奇怪な香りがする。いや危険な香りと言った方が正解だろうか?
 しばらくすると、だらしなく開いた股間から毒々しい香りが私を取り巻くではないか。
 ”この女は看護婦なんかじゃない。俺を殺す為にやってきた悪魔かもしれない”
 そう思ってるうちに目が覚めた。


最後に〜愚直なほどシンプルに

 「真犯人フラグ」では、妻と娘が突然失踪した相良(西島秀俊)を職場の部下である二宮(芳根京子)が懸命に犯人探しを手伝うが、彼女の純朴な真摯さと親身さが怪しく映らないでもない。
 しかし、モテ上司(西島秀俊)と美人妻(宮沢りえ)と魅惑的な愛人(芳根京子)の単相な三項関係というのも、悪くはない気がする。
 結局サスペンスといえども、人が奏でるものである。展開はシンプルに深く、フラグは明快で鋭い方が、人は惹きつけられるものだろうか。

 第4話と第5話もそれなりに期待してはいたが、その期待を外れるような方向に進んでる様に思える(今の所は)。
 とにかく登場人物が多く、フラグ(伏線)が雑多すぎて、”一体、犯人は誰だ”といった単相な展開に傾斜しつつある。
 私が期待したのは、登場人物やフラグを少なくしたシンプルな人間ドラマであった。
 数学と同じで、答えなんかなくてもいい。正解なんて数学者の数だけ存在する筈だ。難題が解けたからとて、そこには(自己満足以外の)何も残らない。
 つまり謎は未解決だからこそ、その真意が発揮される。言い換えれば、推理は未完結だからこそ、その真相に我らは吸い込まれるのだろう。

 極論を許してもらえば、奇怪に展開する人間ドラマに深く酔えれば、犯人が特定できないまま終えてもいい。
 秋元康の原作?だから注文をつける筈もないが。せめて、”50円の16%はいくらか?”という問題で、”16円の50%(=8円)”とすれば簡単じゃないかってレヴェルの無味乾燥な幕引きだけは、ご勘弁願いたいものだ。