象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

強者どもの数学史(その5)〜アーベルの楕円関数論(前半)

 約一ヶ月半ぶりの「強者どもの数学史」ですが、少し間が空きすぎたので、これまでを簡単におさらいします。
 数学には歴史が伴い、数学を研究する数学者が存在する。それに、数学は抽象的すぎて判然としない所に、神秘的魅力が存在し、”数学の神秘は源泉に宿る”と言える。が故に、「数学史のすすめ」の著者・高瀬正仁氏は数学の古典と源泉を求める旅を続けるのだが、岡潔の多変数関数論を起点に、リーマン、アーベル、ガウス、オイラーらを中心と見据えた数学史研究に邁進する。その岡潔が憧れたリーマンだが、彼の1変数関数論はアーベル関数論を経由し、多変数関数と連結するが、アーベル関数論に辿り着くには多変数関数論の形成史を遡る必要がある。

 因みに、本書の主テーマとなる”アーベル関数”とは、”2n重周期を持つ多変数の1価解析関数”の事で、n=1の時は楕円関数を指す。即ち、岡潔の多変数関数論の中核には「ハルトークスの逆問題」があり、その背景にはリーマンやワイエルシュトラスのアーベル関数論が聳え立ち、その源にはヤコビの「逆問題」がある。
 その逆問題を生んだアーベル積分(代数的積分)はアーベルとヤコビの楕円関数論に立ち帰るが、そこにはガウスの大きな影響があった。
 "ガウスを起点として歩み進めると、自ずと岡潔の研究へ辿り着く"と高瀬氏は語るが、これこそが数学史研究の始まりとなる。


これまでのおさらい

 この様に数学史を振り返ると、まずはデカルトからライプニッツを経てオイラーへと続く微積分があり、フェルマーの数論とガウスの数論にアーベルの代数方程式論とクロネッカーのアーベル方程式論と続き、更にはリーマンのアーベル関数論と一変数関数論へ、そして岡潔の多変数関数論へと到達する。
 高瀬氏は、ガウスを源流とする数論と楕円関数論、特にガウス→アーベル→アイゼンシュタイン→クンマー→クロネッカーと繋る系譜をドイツ数学史の主流とみたが、アーベルの楕円関数論に見る”変換理論”をオイラーに認め、彼の微分方程式論の源流を追い求めた。一方、オイラーによる関数概念の導入だが、デカルトの幾何学は代数曲線論を創り上げ、フェルマーの接線法と共にライプニッツやベルヌーイ兄弟に継承されて微積分の骨格を作り上げ、更にオイラーは曲線の理論から離れ、微分方程式論を構成し、今日の解析学の泉となる。
 一方でフェルマーは、ディオファントスの「数の理論」を西欧に移し、自身の予想を通じて数論の泉を創り上げた。また、楕円関数論の発芽はオイラーの微分方程式論から芽生えるが、ヨハン・ベルヌーイを継承して変分法の基礎を作り、ラグランジュの解析力学の道を開いたのも、フェルマーの数論を継承した最初の人もオイラーであった。
 オイラーによる関数の導入は、西欧数学史にて画期的な出来事で、微積分は曲線の理論から微分方程式論へを大きく変容し、3種の異なる関数概念(解析的、微分的、超越的表示式)を提案した。
 その後、若干17歳のガウスは第2の数論を提示し、その真理はアイゼンシュタインや弟子のディリクレやデデキントに継承され、代数的整数論が誕生した。更にガウスは、幾つもの領域で”最初の人”となるが、代数方程式論と楕円関数論ではアーベルという稀有の天才に恵まれ、ガウスの創意は全面に明るみに押し出される。
 アーベルの5次方程式の”不可能の証明”やアーベル方程式の発見は、クロネッカーの青春の夢を発芽させ、クンマーの理想数(イデアル)はデデキントに継承され、ウェーバーとヒルベルトが提案した類体のアイデアは高木貞治の類体論を完成させた。

 本書は、ガウスの数論を筆頭に、アーベルの楕円関数論、フェルマーの数論、代数的整数論、オイラーの微積分の泉、リーマンのアーベル関数論、岡潔の多変数関数論と7つの物語に分け、大まかな流れと史実を的確に語る。だが、その中でも”アーベル関数論”を山頂とした、オイラー、ガウス、アーベルとヤコビ、更にはリーマンとワイエルシュトラスらの流れを汲む、西欧近代数学の結節点とされる複素変数関数論を紹介したつもりである。
 まず「その2」では、リーマンのアーベル関数論とその創意、「その3」では関数とは?代数関数とは何か?とのテーマで振り下げ、前回「その4」では、楕円関数論の中核をなすヤコビの”逆問題”とアーベルの”加法定理”について述べました。

 以上を振り返れば、虚数、関数、代数関数、複素平面、曲面論、変分法、楕円関数論、微分方程式論、アーベルの加法定理、それにヤコビの逆問題。これらが一同に介してリーマンのアーベル関数論が成立した事が理解できる。一方、リーマンを経由して新たに出現した理論も多く、複素多様体論、多変数函数論、代数幾何学などの多岐に渡り、しかも相互に連携しながら20世紀の数学の扉が大きく開かれていった。
 西欧近代の数学の流れにおいて、リーマンのアーベル関数論は一個の目覚ましい分岐点であり、結節点でもあったと言える。


今更だが、数学史とは何か?

 一方、アーベル関数は多変数の複素解析関数だから、その解明を目指し、多変数函数論の基礎理論形成の契機が生まれた。その時、ワイエルシュトラスは”多複素変数の空間内の任意の領域が有理型関数の存在領域であり得る”と宣言したが、イタリアのE.レビにより覆され、そのレビの論証を支えたのがハルトークスの連続性定理である。
 その後、エルミートを師に持つポアンカレは有理型関数を2つの正則関数の商の形に表示する問題を探求し、多変数函数論開拓の場にて実質的に最初の一歩を踏み出した人となる。
 一方、パリでG.ジュリアに学んだ岡潔は、レビが提示した「レビの問題」に示唆を得て、「ハルトークスの逆問題」を造形し、多複素変数解析関数の存在領域の形状の決定を目指した。
 その岡潔は、若い日々にリーマンに憧れ、そのリーマンが1複素変数関数論の場にて成し遂げた事を、多変数函数論の領域に移そうとした所に、岡潔の青春の夢が明確に見て取れる。

 数学史とは”数学とは何であるか”を問う学問だが、数学的発見を離れて数学は存在せず、発見を営むのはどこまでも人であり、人と乖離した数学もまた存在し得ない。
 つまり、本書「数学史のすすめ」の狙いは源泉回帰にある。が故に、数論・微積分・1変数及び多変数の複素関数論に焦点を当て、高瀬氏は常に”一番初めての人”の声にしつこい程に耳を傾け続けていく。
 一方で、無限の神秘性を宿す数学の泉から神秘のベールを剥ぎ取り、流出してく情景を指して、一般に”数学の進歩”と見る傾向にあるが、進歩に伴って当初の神秘性は次第に希薄になり、代りに平明で明るい世界が出現する。
 だが、本書の目的は進歩の過程ではなく源泉にあり、岡潔の多変数関数論、ガウスの数論、アーベルの代数方程式論と楕円関数論、フェルマーの数論、オイラーの関数と微積分、それにリーマンのアーベル関数論に範例を求め、源泉の系譜を辿る尽きない旅でもある。
 が故に、数学史の古典の山は深く、谷もまた深淵である。即ち、数学史の遺産の全てを組み尽されたとは到底言えず、豊饒な神秘が充溢する泉がここかしこに隠されてるのだろう。

 但し、巻末の解説にもあるが、こうした未だ数学史の埋もれた泉を十全に発掘するには、”ラテン語の壁という大きな障害がある”と高瀬氏は語る。 つまり、19世紀初めまでの数学の文献の多くはラテン語で書かれていた。故に、英語やドイツ語、フランス語の他に、更に難解なラテン語が読める必要がある。
 一方、ラテン語で書かれた文献にはフランス語や英語やドイツ語で訳出されたものもあるが、どの翻訳もラテン語の原文には劣る。事実、(高瀬氏に言わせると)オイラーやガウスの英訳は翻訳というより翻案のレベルであり、数学上の間違いも目立つという。つまり、ラテン語の壁を克服する事も、数学史を発掘するには不可欠な能力と言える。

 全く、英語ですらまともに読めない私には頭の痛い話だが、オイラーやガウス以降の19世紀の文献は、概ね自国語で書かれる様になる。例えば、ディリクレ、ワイエルシュトラス、リーマン、デデキント、クンマー、クロネッカー、ウェーバー、クライン、ヒルベルトなどのドイツの数学者らはドイツ語で書き、フーリエ、コーシー、ガロア、エルミートなどの数学者も母国のフランス語で書いたが、元々フランスの数学者らはラテン語が主流の時も、母国語で書いた。因みに、ノルウエーのアーベルも論文をフランス語で書いた。
 数学史が現代の様な多様性を持ち、難解なラテン語の壁を超える日が来る事を望むばかりである。 


最後に

 正直を言えば、この第6章の「アーベルの関数論」だけで「強者どもの数学史」を終えようと思ったが、オイラーからガウス、そしてアーベルとヤコビへ更に、アイゼンシュタインやワイエルシュトラスと続き、リーマンをもって”アーベル関数論”として継承された楕円関数論を抜きにして、現代の数学史を語る事は出来ない様に思える。というのも、私が関数論や解析学を好きなだけ・・という事もあるが・・

 というのも、数学史はアーベルの代数方程式論と楕円関数論をその折返しとして山頂から眺めれば、アーベル以前にはプラトンやアリストテレス、ユークリッドを起源とする古代ギリシャの数学や、その後のルネサンス期のイタリアの数学に端を発する近代西欧の数学史が視野に入ってくる。やがて、デカルトやフェルマーやオイラーと言った数論の巨人を生み出し、更にガウスはそれら数論史の土壌の上に君臨する。
 また、ガウスの楕円関数論の夢を凌駕したのが若きアーベルであり、同世代のヤコビと共に楕円関数論の構築に大きな進歩をもたらした。その後、アーベルの意志とヤコビの逆問題を受け継いだのがリーマンであり、アーベル関数論を通じ、リーマンの主要テーマである複素1変数関数論は、岡潔の多変数函数論に引き継がれた。
 一方、ガウスの数論は複素数(ガウス整数)の発見により、4次剰余の理論を完全にし、数域の拡大へと進展。ヒルベルトを経由して高木貞治の類体論へと花を咲かせた。また、関数論で言えば、デカルトの幾何学に始まり、オイラーによりその3種の概念が確立された。その中の代数関数論はディリクレやフーリエらにより継承され、リーマンの複素関数論へと結びつき、現在の積分論へと昇華した所に、数学史の底の深さを窺い知る事ができる。

 という事で、本書の第2章「アーベルの代数方程式と楕円関数論」を最後に紹介して、「強者どもの数学史」を終える事にするが、少し長くなったので、今日はこれで終わりにします。
 最後は、ガウスの数論がメインになりましたが、同じ高瀬氏の著である「ガウスの数論〜わたしのガウス」(2011)のあとがきを眺めるだけでも、大まかな事は理解できますので、興味のある方はどうぞです。