
”ペンは剣よりも強し”(The pen is mightier than the sword)とは、”思想や文学の力は武力よりも大きな力をもつ”(1839)という、19世紀の英国の作家であるE・G・リットンの戯曲「リシュリュー」の中で使った言葉だ。
つまり、言論の力は権力や武力よりも(民衆に)大きな影響を与える。
が、いくら民衆に大きな影響を与えたとしても、それだけで権力や武力に対抗できると考えるのは、過去(19世紀)の話である。
事実、”権力の元では、国家に刃向かう輩は逮捕状や死刑執行にペンでサインできる”という、全く逆の意味を持つという説もあります。
つまりイラストにある様に、”ペンは剣よりも弱い”のだろうか?
ペンは剣よりも弱し
今の21世紀の民衆は19世紀の頃の民衆よりも、明らかに知能が劣る。学問が政治に対抗出来たのは、学問を支える民衆の知能や知識が充実してたからだ(と思う)。
しかし、情報過多の時代の我ら大衆の貧相な知能では、権力や武力には太刀打ちできないのは明白だろう。
これは学問と政治との議論にもなるが、”ペンは剣・・”と同じく”真理は永遠なり”という言葉が無意味でナンセンスなものだとすれば、学問は成り立たなく、無用なものとなる。
つまり、”知は剣よりも強し”だった19世紀と”情報は剣よりも弱し”の大きな違いとも言えやしないか。
加熱する情報に翻弄され、思考する事を諦めた民衆には、権力や武力に対する批判は書けても、それらに対抗できる剣にはなりえない。
これは、数学が難しいとか苦手だとか、ただ嘆いてるだけでは、(難問を解き明かすどころか)難問に取り組む勇気すら起きないのと同じである。「四色問題」と同じく、思考だけでなく(スパコンやAIを駆使してでも)何が何でも解き明かすという強引な力業も時には必要なのだ。
数学が難しいのは当り前であり、だからこそ今すぐに取り組むべき民衆の大きな課題でもある。そして、この取り組む勇気こそが”剣よりもペン”となり、権力や武力を凌駕する思考となる。
つまり、某タレント議員が言う”出来る事からコツコツとぉ〜”では、出来る事しか出来ない。世界中に蔓延する反戦系のSNSもただ漠然と配信するだけでは、錆び付いた剣にすらなりえない。
剣と言えど、見事なまでに研磨され、自在に扱いこなしてこそ武器になる。世界中にばら撒くだけでは、刀狩りに遭うのがオチである(多分)。
事実、欧米の経済制裁に加え、これだけ世界中にウクライナの悲劇がSNSで世界中に配信され、メディアでも多くがゴールデンタイムで報道されてきた。
更に、見るにも悍しい動画や写真や肉声が世界中の感情を揺さぶり、衝撃の写真がTIMESの表紙を飾るなど、国際世論の大きな渦を巻き起こしても、プーチン政権はビクともしない。それどころか、無差別爆撃は容赦なく続く。
結局、情報は情報に過ぎず、SNSで躍らされた民衆も(剣どころか)ペンにすらなりえなかった。
一方で、プーチンは(建設的な)停戦合意を度々匂わせるも、ハイテク長距離弾を民間施設に慢性的に着弾させ、民間人の被害は延々と増え続ける。
まるで、ウクライナで行われてる”プーチン劇場”と言えなくもない。
プーチンの勝算と誤算
”プーチンは焦ってる”
”プーチンは追い込まれてる”
”プーチンの精神状態はおかしくなってる”
これら専門家の楽観的な予想は、今や外れたと見た方がいいだろうか。
多分プーチンの頭の中には、ロシア国内の疲弊した経済の実情や混乱する国民の姿はある筈もない。軍庫に眠ってる武器を全て使い果たし、ウクライナだけでなく、世界中を混乱の淵に追い込もうと開き直ってるのかもしれない。
”金はなくとも武器と野心はある”
とでも思ってるのだろうか。
プーチンはキエフを諦め、東部に軍隊を再編する事で、親ロシア地区であるドンバスとクリミア半島を完全支配下に収めるだろう。
そして、この美味しい部分だけをウクライナから奪い取り、賠償責任や破壊攻撃の責任は無視し、強引に停戦合意に結びつける魂胆かもしれない。
つまり、ゼレンスキーに実質の無条件降伏を突きつけるつもりだとしたら。
当然、ゼレンスキーは拒否するだろう。
が、プーチンからすれば”せっかく停戦合意を申し出たのに、ウクライナ側が一方的にそれを破棄した”と世界中に宣伝するかもしれない。
侵攻前のプーチンには、バイデンを上回る3枚のカードがあった(多分)。
対話(と外交)に、原爆投下の責任追及、そしてウクライナ侵攻。
特に、2番目の原爆投下の真相追求は国際世論をロシアに傾ける、大きな決め手となった筈だ。
事実プーチンは
”誰が日本に原爆を落としたのか?
誰が日本に無差別爆撃をしたのか?
アメリカは判ってるのに何も言わない”と、西側諸国の欺瞞を訴えた。
しかしプーチンは、最後のカードを最初に使ったお陰で、一気に国際世論を敵に回す結果となる。今となってはもう遅い。
侵攻の前に、原爆投下の矛盾をアピールしてたら、国際世論はロシアを後押しし、プーチンは何もせず(一滴の血も流さず)、東欧諸国をNATOから切り離す事は不可能ではなかったかもしれない。
核は剣よりも強し?
プーチンは今、全てのカードを使い果たしたかに思われた。が、”核の行使”という最悪のカードが残されているとしたら?
これをカードと呼べるかは疑問だが、プーチンはこの”核の脅し”を経済制裁に対抗するかの如く、非常に効率よく使ってはいる。
つまり、この”核の脅し”という最悪の剣がある限り、我ら大衆はそれに対抗する剣を持ち得る筈もない。
結局、”核は剣よりも強し”となってしまうのか?
確かに、核はあらゆる剣よりも強いかもしれないが、愚かである事も確かである。(最悪の想定だが)核の行使は全面核戦争に繋がり、人類の滅亡を表す。
つまり、”核は剣よりも愚か”であり、”剣はペンよりも愚か”である。
しかし、知は思考を支え、思考はペンを支える。
そのペンは剣を制御し、核の行使をも制御する。勿論、人類の知が核を抑止できれば簡単だが、そうは単純にいかないから、難題なのである。
つまり、狂人の思考が核のボタンを押し、その狂った思考を我ら大衆は恐れて、何も出来ないでいる。
プーチンという狂人に核のボタンが握られてる間は、大衆の知恵も思考も剣にすらなりえない。
一体、狂人の脳は何を持って制御できるのか?ペンでも剣でも思考でもないとしたら・・・