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カリスマと精神異常〜”一流の狂気”がもたらす独裁と混乱の世界


 ”カリスマ”といえば、様々な著名人や有名人を思い出すけど、最初にピンとくるのが戦後の昭和時代のプロレスを牽引した力道山である。当時はカリスマっていう言葉がなかったから、力道山=カリスマ”って持て囃される事はなかったが、その力道山に比べれば、カリスマ的名言を多く残したアントニオ猪木矢沢永吉もごく普通の人に過ぎない。もっと言えば”偏愛”に近い。

 但し、力道山もレスラーとしてのカリスマを維持する為に興奮剤を常用していたと言うから、精神異常に陥ってたのは明らかだろう。
 だがもし、私達が憧れるスーパースターや尊敬する指導者が薬物に侵されただけのカリスマだったとしたら・・

 ”カリスマ性は精神異常の一種である”という事を「まぐれ~投資家はなぜ運を・・」(アミール・タレブ著)の中で知った。
 そこで、”カリスマと精神異常”で検索すると、独裁者(カリスマ)の精神状態とはどういうものか?についての解説がヒットする。
 昨今によく囁かれるのが、プーチンやネタニヤフやトランプらの独裁者は精神異常じゃないか?という噂である。正直言うと、私も彼らを狂人”当確”だと思っている。
 但し、精神医学界には”ゴールドウォーター・ルール”といって、診察した事のない人の精神状態を個人的な推測で判断してはならないというものがあるらしい。
 「独裁者の精神状態を解説します」では、リーダーたちの精神状態について、精神科医の視点から興味深い事が書かれてはいた。


カリスマの狂気と精神異常

 私達は”独裁者=悪”と思い込む傾向にあるが、それは単なる思い込みにすぎない。
 例えば、民主主義や多数決が常にベストではない様に、独裁者(カリスマ)も時と場合によってはベストになりうる。
 事実、その国やその組織の人数や運営状況・政治体制・文化によっては、必ずしも民主主義が良いという訳ではなく、多数決で決めるのも良い訳ではない。つまり、民主的なチーム制よりも、トップダウンで一方的に決めた方が良い事もある。
 例えば、”民主主義の限界は何人までか”という議論がある。都市国家だった古代ギリシャは、せいぜい1万~数万人程だったから民主主義は成立するかもだが、それより大きくなると民主主義は腐敗するとの研究もある。
 確かに、5人や10人の小規模な集団であれば、トップダウン式の決定は効率的だし、皆で決めようとすれば混乱するだけである。

 一方、内閣・国会・裁判所に権力を分散する三権分立では、そうした民主主義の欠点を補えるかもだが、意思決定のスピードは遅くなる。
 特に混乱の世や戦時では、1人でパパッと決めた方がすぐに動け、ヒトラーが指揮したナチスドイツの如く(超短期的にはだが)いい結果を出す事もある。また、予め権力が決まってた方が競争や裏切りが少ないという研究もあり、世襲制世襲制の良さがあるのだろう。更に、変な争いや足の引っ張りあいがなく、落ち着く事もある。
 が故に、独裁者が悪いとは言い切れない所もあるし、”バカとハサミと独裁者は使いよう”とも言えなくもない。

 しかし、独裁者の悪い所は”トップの心身の状態に左右される”という事にある。
 勿論、(プラトンが説く様に)トップが優れていれば問題はないが、生身の人間なので優れた状態を維持する事は不可能だし、仮に完璧な人間がいたとしても、それは一瞬の事で長く完璧であったり優秀な存在でいる事も不可能である。更には、独裁的なカリスマがいる事で、次の世代のリーダーの引き継ぎが難しいという問題もある。
 では、独裁者本人は精神科医から見て、どういう状況にあるのだろうか?

 多分だが我らが思う以上に、独裁者は大きなストレスとプレッシャーを感じてる筈だ。事実、1人で判断・決断をし、批判も1人で浴び、責任も重い。組織ではなく”リーダーが悪いとか無能だ”とか言われる。
 勿論、いくら独裁者でも1人で決める事はなく、普通は側近や幹部ら全員で決定する。だが、リーダーだけで決めてる感が強く、周りも”最終決定はあの人が・・”という投げやりな感じがある。
 つまり、1人の決断で全てが決まるし、多くの人の人生を壊す事もあるので、凄いストレスとプレッシャーを普段から感じている。が故に老化が早く、うつになり易く、ドラッグやアルコールや性の依存症などの問題を抱えてしまう。
 

独裁者の高齢化と痴呆化とナルシシズム

 一方で老化の問題についてだが、高齢者にならないとリーダーになれないという昨今の風潮がある。
 勿論、高齢である事がダメな訳でもないが、認知症や痴呆症のリスクもあるし、決断に伴う精神的体力が弱くなったりする。知力も人格もあるが体力がないという問題も起きる。
 また、”目的達成の為には手段を選ばず”というマキャベリズムの言葉もあるが、共感力がありすぎてもいけない。つまり、トップは良くも悪くも部下をコマの様に扱う必要がある。
 確かに、一々共感してたら冷静な判断など出来ないし、切る所は切って残す所は残す。ある意味、必要悪だったりもする。
 また、優しいだけではダメで、悪知恵も働かせる必要もあるが、周りにもそういう奴が集まり、”食うか食われるか”の過当競争に堕落する。更に、その中で勝ち抜くと、今度は周りにはイエスマンだけになり、都合の事だけが耳に入り、逆に深刻な孤立を感じてしまう。

 では、独裁者はこんな苦しい不安をプレッシャーどうやって乗り越えるのか?
 そこで彼らは、ナルシシズム=自己愛、つまり自分は優れてるし、それだけの能力があるから頂点に君臨している、という根拠が欲しくなる。単なる運とか、ただ親から会社を・・というのでは不安に潰されるので、何か自分を固める何かが必要になる。 
 それはブランドやお金、肩書きでも良い。ナルシシズムを固めるものが必要であり、”裸の王様”の様に周りからは滑稽に見えるかもだが、ナルシシズムの強化こそが必須となる。
 だが、ナルシシズムは麻薬であり、やがては組織より自分が可愛くなり、目の前の大きな問題を解決するよりも自分のナルシシズムや自身の決断を守る事にエネルギーを費やす様になる。つまり、本来の大義よりも自分を守る事に集中し、どんどん歪んでいく。

 これは、プレッシャーに適応する為に脳の構造が変わる事を意味する。
 専門的に言えば、チューニング・忘却・プルーニング(脳神経の刈り込み)し、使わない部分は無くして使う部分だけが強化されていく。故に脳の構造は歪化し、脳の劣化という痴呆症(ボケ)に至る。
 勿論、自分に疲れ、ナルシストが摩耗して鬱になる事もあれば、歪んだパーソナリティに変質してしまう事もある。

 また、平時と有事だとリーダーのあり方が違ってくる。平時であれば、人の意見を聞く人の方が良いが、有事の時には相手の裏をかく必要があり、常識や想像を超える事をやらないと勝負には勝てない。
 つまり、平時と有事ではリーダーの考え方も要求される事も変わってくる。故に、リーダーは孤独を感じる事が多くなるのではないか。
 自分はリーダーにはならないから・・と思う人もいるだろうが、一方的な批判は思考の放棄とも言える。つまり、カリスマの背景(裏側)に隠された孤独と苦悩を理解する事も重要である。
 以上、早稲田メンタルクリニックのHPから大まかに纏めました。


狂気という心の病

 「一流の狂気〜心の病がリーダーを強くする」(ナシア・ガミー著)では、歴代の大統領の半分程は精神疾患に該当している・・とあるが、上述の精神科医は”リーダーのうつや認知症の問題は危険である”と警鐘を鳴らす。
 だが、彼が言ってるのは狂気の独裁者ではなく、まともな経営者の次元での話だ。つまり、精神科医に頼るくらいでは、非情な独裁者にはなれないのだろう。

 一方本書では、歴史上の様々なリーダーらの能力と狂気との繋がりを明らかにし、社会が平穏な時には正常のリーダーが活躍し、普通でない”大きな危機に対しては狂気の指導者が必要とされる”と説く。
 実際、偉大な独裁者の多くが精神の病を抱えていたからこそ、彼らは非凡な決断と行動で人々を導き、歴史に残る偉業を成し遂げる事を可能にした。
 例えば、重いうつ病に苦しんでたチャーチルは、暴走を始める前のヒトラーの本性を見抜き、深刻な免疫疾患と戦ってたケネディは、薬物治療の影響のもと核戦争の危機を見事に回避した。また、躁鬱病ターナーはその躁的創造力をもって巨大資本に対抗し、CNNを築き上げ、ガンジーの重いうつ病は3度の自殺を経験したが、非暴力的抵抗を支えた。

 確かに、ユニークで斬新な内容ではあるが、読み進めるうちに頭を傾げたくなる部分も結構ある。
 重篤うつ病を経験した人は、相手の脳内に入り込む事に長け、現実世界をより客観的に捉える事が出来る。が故に、危機の勃発を敏感に察知し、戦時や動乱期の指導者としては健常な人よりも成功するというのが著者の主張だ。
 勿論、健全な人が危機を救った例もそれと同じ程あっただろうが、それに関しては殆ど述べられてはいない。つまり、”精神を病んだ奴の方が戦時のリーダーには向いてる”との浅薄な主張に思えなくもない。
 例えば、リンカーンによるインディアン殲滅という残虐行為も抑鬱リアリズム”に基づくもので、南北戦争にて都市破壊を史上初めて戦術に取り入れた南軍のシャーマン将軍は、戦争を結果的に早期に終結に導いた抑鬱リアリズムだと著者は語る。
 ただ”俺たちの事を怖がらせるんだ”との彼の言葉は、プーチンによるウクライナ侵攻やルメイの日本焦土作戦を連想させるが、抑鬱と言うよりは狂気の産物と思えなくもないし、更にいえば、数百年前の蒙古軍の都市破壊と大量殺戮は抑鬱リアリズムの結果なのだろうか?

 この様に、理想のリーダー像をめぐる議論は、いつの時代も絶える事はない。
 精神科医でもある著者のガミー氏は、政治や軍事・ビジネスのリーダーに着目し、危機の局面においては”うつや双極性障害統合失調症などの精神障害を持つ人の方がリーダーとしては優れてる”との大胆な仮説を打ち立てる。
 精神病の疾患の種類や症状の程度はそれぞれ異なるものの、精神障害によりもたらされた能力が危機を乗り切る事に繋ったのだ。
 また、重い躁うつ病などの精神疾患によるプラスの能力として、リアリズム(現実透視)・レジリエンス(精神的回復力)・エンパシー(共感)・クリエイティビティ(独創)の4つを挙げ、これらの要素が危機の時代のリーダーとしての能力を後押しすると説く。
 但し、個々の要素と疾患との結びつきは単純ではなく、躁鬱では4つの要素が全てが認められ、躁の場合は創造力と回復力の2つが見られる。つまり、双極性障害をもつリーダーはより有利な特性が認められる傾向にあるという。一方、それ以外の精神疾患ではレジリエンス以外の3つの特性は証明されないというから複雑である。


チャーチルの狂気と無能

 「正常な人にはない狂気の能力とは」(東洋経済)では、チャーチル双極性障害の例を中心に本書を解説されてはいるが、チャーチルの研究をした多くの医師によれば、彼の精神疾患の”症状”は循環気質に近い(軽躁と重い鬱が交互に襲う)双極Ⅱ型障害だとされる。 
 また、”遺伝”においてもチャーチルの親族には重症なうつ病への家族的素因があった事が知られている。
 彼が、20代初めのキューバ滞在時や30代半ばの内務大臣時代、海軍大臣だった41歳の時、そしてその後も数度、チャーチルの鬱は反復して起きた。故に”疾患の経過”の面でも彼の精神疾患は証明され、アンフェタミン投与という”治療”の事実もある。
 ガミー氏は”症状→遺伝→疾患の経過→治癒”の流れを追い、チャーチルうつ病を裏付け、ナチズムに対し現実的な評価を行い、第2次世界大戦での英国の危機を乗り越えた彼の”リーダーシップの背景には抑鬱リアリズムがあった”と結論づけた。

 だが(ここでも私的に反論させてもらうが)、それは要因のごく一部に過ぎず、大戦終結にはアメリカが参戦した事によるものが大きかったのは言うまでもない。
 確かに、チャーチルの良い面ばかりを見れば、社交的でエネルギーに満ち、多忙な政治活動の合間を縫って、生涯で43冊もの著作を残す様なバイタリティをもたらす躁状態が見られる一方で、鬱状態の際には何度も死に直面してきた”絶望の人”でもあった。こうした両極端を揺れ動いてきた人物が超人的なカリスマを発揮したとなる。
 また、精神疾患に注目すればだが、本書に登場する他のリーダーたちについても、大きな功績の裏には不安定なメンタルを垣間見る事で独裁者やカリスマという言葉のイメージも変わる様な気がしないでもない。
 だが、チャーチルに至っては、狂人で無能という言葉がピタリと当てはまり、動乱の世や戦時のリーダーとして”優秀”だとはお世辞にも言えない。つまり、狂った豚はリーダーにすべきではなかった。

 一方で、チャーチルとの比較としてチェンバレンが挙げられるが、彼は大臣時代に多くの改革法を実施し、英国経済を成功に導いた功労者と評価された。確かに、平時においては優れた政治家だったが、”正気の人”とされたチェンバレンナチスへの宥和政策を主張し、”不安定”とされてたチャーチルが結果的にはだが、英国を大戦時の危機から救ったとある。
 だが、これも著者から見た結果論であり、チェンバレンの宥和政策が実ってたら、英国を含むヨーロッパが戦場になる事もなく、ソ連を英独仏とアメリカで挟み撃ちにし、太平洋戦争も起きる事はなかったかもしれない。
 つまり、独裁者(カリスマ)の精神異常は狂気と大量破壊と莫大な数の犠牲を生み出すだけである。


最後に

 平時にはうまくいっていたリーダー達が、危機には対処できなかった例が本書では次々と登場するが、本当の危機や混乱に対処できるリーダーなんて存在しないし、精神異常の狂人がカリスマ的独裁者になっても、結果的には混乱や殺戮を助長するだけである。それは、歴史が証明しているではないか・・

 著者は一見”異常だ”と思われてる独裁者が実は精神疾患がない事を様々な角度から指摘するが、それこそが狂人である事の証であろう。
 つまり、平時においても危機においても”正気の人”がリーダーになるべきで、(著者が言う様な)向き不向きの問題ではない。
 少なくとも狂人や精神異常者は、どんな時代でも破壊と殺戮を繰り返すだけである。

 事実、過去の独裁者やリーダーらの動機や意図について証明する事は不可能だ。
 著者の主張が浅薄に思えるのは、その主張が尖ったもので精神医学と歴史学という解釈の比重が大きく異なる分野を掛け合わせたからではあるが、フィクションのネタとしてみれば悪くもない。
 ただ言えるのは、混乱の世や戦時のリーダーたちが持つ精神の歪みやカリスマ的力強さは、異常なまでの狂気や過ぎた精神異常を常にはらむという事である。
 つまり、狂った独裁者は徹底して排除すべきだと私は思うのだが・・