数学には必ず歴史が伴い、数学を研究する数学者が存在する。しかし、数学は抽象的すぎて、一体何を研究する学問なのだろうか?
判然としない所に、数学の神秘的魅力が存在し、同時に”魔力の泉”とも言え、”数学の神秘は源泉に宿る”という考えを根底に据える事を可能にするとしたら・・
「数学史のすすめ~原典味読の愉しみ」の著者で、数学史家の高瀬正仁氏は岡潔のエッセイを出発点に、リーマン、アーベル、ガウス、オイラーらを中心と見据えた数学史研究に邁進する。岡潔氏の”数学とは西欧の人々が数学の形式に情緒を表現する学問である”との言葉には、”その意味が判らずも驚愕と感動を覚えたものだ”と高瀬氏は振り返る。
実際に数学を学び始めると、次々と困難なシーンに遭遇し、その都度行く手を遮られ、1行また1行と論理の鎖を追うのに大変な苦痛を強いられる。技術的な面でも困難が多く、特に”それ故”との文言が大きな壁となる。その上、数学書は狙いが掴み難いが、これは殆どの数学書に当てはまるのではないだろうか。
勿論、数学のどの理論にも其々固有の狙いがあり、それを明らかにするのが数学の本質かもだが、その”何か”が判らず、それが”数学とは何か”の大きな疑問に繋がるのだろう。
序章〜数学の古典と源泉を求めて
という訳で、高瀬氏でさえも実際に目の前に聳え立つ数学にさっぱり魅力を感じず、戸惑いは増えるばかりだったが、数学を学ぶ前から抱いてた神秘性は消える事はなかった。10代の終わりから20代の初めにかけ、数学を学ぶとの点では最も苦しい時期だったが、同時に”数学の魔力から逃れる事はできなかった”と、高瀬氏は振り返る。
高瀬はまず、岡潔の数学論文集に向かう。そこでは”3つの未解決問題を解決した”事になってはいるが、岡潔には独自の目標があり、更に高い頂に歩を進めたものの、ついに到達出来なかった。だが、その間の消息が岡潔の論文集には率直に語られていた。
高瀬は、”岡潔の多変数関数論研究は未完だった”との衝撃的事実に直面し、多変数関数論を追う気持ちが消失した。がその時、逆にその原点である”一番最初の人”の作品を読む必要に迫られ、これこそが”古典研究の動機を掻き立てた”と言う。
その後、多変数関数論研究の源泉を見たくて、岡潔と共にリーマンを思う道筋が自然に開かれていく。リーマンは「アーベル関数の理論」という大きな偉業を成し得たが、生涯公表した論文は僅か11篇で、その1つ1つは数学に新生面を切り開く類のものだ。一方、岡潔も僅かに10篇だが、1篇毎に多変数関数の荒野が開拓されていく様は、リーマンのそれとよく似ている。一方、リーマンの1変数関数論はアーベル関数論を経由し、初めて多変数関数と連結するが、逆に見れば、アーベル関数論に辿り着くには、岡潔の論文を始点とし、多変数関数論の形成史を遡る必要がある。
岡以前の多変数関数論と言えば、「予備定理」のワイエルシュトラス、「連続性定理」のハルトークス、「レビ問題」のE.E.レビ、クザンの「問題」、ポアンカレの「予想」など、一群の天才数学者らが頭に浮かぶが、中でもハルトークスが特別の地位を占めるのは、岡潔の多変数関数論研究の中核には「ハルトークスの逆問題」を解く事にあり、しかもこの問題は、ハルトークスが発見した「連続性定理」の中に芽生えているからだ。
具体的に言えば、この「連続性定理」が即座にハルトークスの逆問題を提示するのではなく、岡潔が「連続性定理」を素材として造形し、その契機となったのが「レビの問題」である。
こうしたハルトークスの逆問題が生まれた背景を更に考えると、リーマンやワイエルシュトラスのアーベル関数論に出会い、ヤコビはアーベルがアーベル積分(代数関数の積分)を考察して発見した「加法定理」を観察し、「逆問題」を苦難の末に取り出した。これに加え、アーベル積分の世界に立ち返ると、アーベルとヤコビの楕円関数論に出会うが、そこにはガウスの大きな影が根底にはある。そこで、"ガウスを出発点として歩みを進めると、自ずと岡潔の論文集へと辿り着くと思った事が数学における古典研究の始まりだ"と、高瀬氏は断言する。
また高瀬は、本書の中で錚々たる数学者名を挙げ、”誰を見ても高峰という他に喩える術がない程で、その高峰と高峰が連携して数学という不思議な学問の山脈を形作る”と紹介するが、私にはまるで世界最高峰に立って遠い山並みを見渡す様な神秘的な錯覚すら覚えるのだが・・仮に、高峰から呼ぶ声を聞く事ができるとすれば、それは数学史家・高瀬正仁の特権なのであろう。
そういう私は、彼らの叫びどころか、その幻影を追う事すらできないのである。
数学史とはなにか?前半
古くは古代エジプトや古代バビロニアに始まり、その後は古代ギリシャから西欧近代に至るまで、全数学のどの領域にも”最初の人”がいて、彼ら固有の”数学を創る心”が連なり、数学史を形成する。その歴史こそが数学の心の故郷であり、回想を繰り返す度にその思いを新たにする。
特に、西欧近代の数学史を空から眺めると、果ての見えないの巨大な海を遠望してる様な錯覚に陥る。本書に登場する30名以上の天才数学者らのどの一人を見ても、高峰という他に喩える術がない程で、それら高峰と高峰が連携して数学という学問の山脈を形つくる。
そこでは、オイラーとガウスの名の大きさが格段に際立つが、デカルトやフェルマーと同じ地点に立って遠い未見の連峰を見渡すと、古代ギリシャの数学の世界が朧気に映るが、これこそが西欧近代の数学の泉である。更に、これら偉大な系譜に、高木貞治氏と岡潔氏を加える事に異論はない。
西欧数学史を簡単に振り返ると、まずはデカルトからライプニッツを経てオイラーへと続く微積分があり、フェルマーの数論とガウスの数論にアーベルの代数方程式論とクロネッカーのアーベル方程式論と続き、更にはリーマンのアーベル関数論と一変数関数論に、岡潔先生の多変数関数論と・・数学の諸理論を創造した”一番最初の人”の言葉に耳を傾け、高瀬氏は「数学史のすすめ」を書き進めた。
数学は何を研究する学問なのか?との疑問が著者の心に掛かり、まもない頃に出会った岡潔のエッセイを出発点に、数学史を追い続けたが、本書の狙いは”源泉への回帰”にあり、西欧近代数学史の起源から説き起し、数論、微積分、1変数及び多変数の複素関数論に焦点を当て、”原典味読の愉しみ”を共有し、書き綴られている。
確かに、彼ら天才たちが創造してきた数学理論には”創始者固有の強固な実在感が伴う”との指摘があるが、創始者だけが感知する実在への確信とも言える。
例えば、冪剰余相互法則に寄せるガウスの確信や、求積法に寄せるライプニッツの確信などは、神秘感を漂わせる実在感の事例とも言える。「ヤコビの逆問題」に寄せるヤコビの確信や、クロネッカーの定理の延長線上にある第12問題に寄せるヒルベルトの確信なども同じであろう。
更に、”偉大な作品は常に未完成で継承者の登場を待ち続けている”との著者の指摘は、ガウスの「アリトメチカ」や高次(4次)剰余の理論、岡潔の多変数関数論の論文集が印象に残るとして語られるが、ベルヌーイ兄弟やオイラーが継承したライプニッツの無限解析、ヤコビやワイエルシュトラスやリーマンらが継承したアーベル積分論なども、同じ事例として挙げておられる。
高瀬氏は初期の著作で、ガウスを源流とする数論と楕円関数論、特にガウス→アーベル→アイゼンシュタイン→クロネッカーとの系譜をドイツ数学史の主流とみたが、アーベルの楕円関数論に見られる”変換理論”の源流をオイラーの研究に認め、オイラーの微分方程式論の源流を求めた。更に、微分積分学の源泉にまで遡り、古典研究の範囲を広げ、創始者の心象風景に鋭い洞察を加えている。
因みに、オイラーによる関数概念の導入の意図が”変分法の構築”にあったのでは、という著者の見解には、斬新で先鋭的にも思えた。
著者は、新たな数学が生まれる情景として”源泉への回帰”を指摘するが、源泉だけでなくその進歩の過程を知る事も必要であろう。例えば、ライプニッツの謎の解明を図ったベルヌーイ兄弟の貢献や変数分離型微分方程式の解法において、師匠のヨハン・ベルヌーイからオイラーが受けた影響も無視できない。
数学史とは何か?後半
そこで、再び数学史の原点に立ち返ると、数学という学問の神秘は源泉に宿り、デカルトは古代ギリシャの作図問題に代数学の手法を導入し、独自の幾何学を提案し、代数曲線論と微積分の泉を創り上げた。更に、フェルマーが考案した特異な接線法と極値問題の解法はデカルトのアイデアと共に、ライプニッツに継承され、”万能の接戦法”と言う名の微分法に到達。その微分法の逆向きの計算法は、これまたライプニッツと共に”逆接線法”という名で、世界に知れ渡り、求積法という積分法が確立され、この求積法は、今日の微積分の原型となる。
フェルマーは古代ギリシャの数学者ディオファントスの著作に描かれた「数の理論」を西欧近代の地に移し、フェルマー予想を通じて数論の泉(第一の泉)を創り上げた。
一方、ベルヌーイ兄弟はライプニッツの論文にエニグマ(神秘を秘めた巨大な謎)を感知し、微積分の骨格を創り上げた。ベルヌーイ兄弟の弟ヨハンを師に持つオイラーは初めて関数概念を導入し、曲線の理論から離れて微分方程式論を構成し、今日の解析学の泉となる。
また、楕円関数論の発芽もオイラーの微分方程式論から芽生える事となるが、更には、ヨハン・ベルヌーイが提示した”最小降下法”の探索を手がかりにして変分法の基礎を作り、ラグランジュの解析力学の道を開いたのもオイラーであり、フェルマーの数論を継承し、証明を試みた最初の人もオイラーであった。
こうしたフェルマーが発見した数論の泉はオイラーの手で流れ始め、ラグランジュに継承され大きな潮流となる。
こうしたオイラーによる関数の導入は、西欧近代の数学史において真に画期的な出来事で、お陰で微積分の姿は曲線の理論から微分方程式論へを大きく変容する。オイラーは、自著「無限解析序説」の中で”関数とは曲線の解析的源泉である”と語り、この源泉に寄せて、3種の異なる関数概念(解析的、微分的、超越的表示式)を提案した。
一方でガウスは、フェルマーと異なる第二の数論の泉を提示。若干17歳の彼は数論の一真理を発見し、「アリトメチカ研究」という大きな著作を刊行。このガウスが発見した数論の真理は、弟子のディリクレからデデキントに継承され、代数的整数論という衣装を纏う。
更にガウスは、幾つもの領域にて”最初の人”となったが、特に代数方程式論と楕円関数論ではアーベルという稀有の継承者に恵まれ、ガウスの思想は全方面に明るみに押し出される事となる。5次方程式の”不可能の証明”やアーベル方程式の発見、虚数乗法の理論など、創意ばかりが充満するアーベルの寄与は一段と際立つが、中でも係数域を有理数に限定し、代数的に解ける5次方程式の根の表示式を書き下した事で、この不思議な形の表示式がクロネッカーの目に留まり、(f(f(x))=f(x+s)の形で表される)アーベル方程式の構成問題が生まれた。
そのクロネッカーで言えば”青春の夢”が有名だが、クンマーの理想数(イデアル)はデデキントにより大きな花を咲かせ、ウェーバーとヒルベルトが提案した類体のアイデアは、高木貞治の類体論を完成させる事となる。
本書では、第1章「ガウスのアリトメチカの解読を目指して」、第2章「アーベルの代数方程式論と楕円関数論、第3章「数論の始まり」、第4章「類体論の最初の一歩」、第5章「微積分の泉」、第6章「リーマンのアーベル関数論」、第7章「黎明の多変数関数論」の7つの物語に分けて、それらの大まかな流れと史実を的確に語られている。
全て興味をそそるものばかりだが、その中でも敢えて「アーベル関数論」を中核にした、オイラー、ガウス、アーベルとヤコビ、更にはリーマンとワイエルシュトラスらの流れを汲む、西欧近代数学の結節点とされる複素変数関数論を次回以降にはなるが、取り上げたいと思う。
最後に〜今更、数学史のススメ
私達の殆どは数学史というもの触れずに人生を終える。勿論、中学や高校でも触れないが、それは数学史に精通する先生などいないからだ。また、学校で教わる数学は名ばかりで、計算ドリルの延長に過ぎず、”数学とは何たるか”を理解できる筈もない。私の様に大学で数学を専攻しても、定義や定理や高度な専門用語ばかりで、数学史に触れる機会は皆無だった。
勿論、私の知能と努力不足もあるが、広範囲に繁殖しすぎた現代数学はあまりにも細分化され過ぎて、現場の教員らは数学を研究する上で、数学史の必要性など頭にはないからなのだろう。
確かに、現在数学は集合の概念をベースに、公理と論理を複雑に抽象的に組み合わさり構築されている。故に、そこには数学の歴史や文化が入り込む余地が全くなく、大学で数学を専攻しても、数学史に触れる機会は全然ないのが現実である。
そういう私は、高瀬正仁氏の数学史関連の著を読むのが好きだが、多くの数学書に見られる様な、ウンザリする程に混み入った関数等式や数式が意外にも少なかったからだ。だが、読み進めるうちに、数学史というものがパズルの様に噛み合わさってるのが漠然と理解できた。
その数学史の上で展開される現代数学を眺めると、まるで数学史という世界最高峰の山並みが聳え立つ情景を見渡してる様で、数学史が1つの大きな山脈群に思え、数学がその山脈を形成する1つ1つの鋭い頂きを持つ山に見えるから不思議である。
つまり、”数学の本質(実態)は数学史に宿る”のであり、目の前の大きな山頂を目指すクライマーの様に、数学を勉強する醍醐味も同じ様に詰まっているのだろう。”そこに山がある限り・・”との冒険家の言葉があるが、偉大な数学者は”そこに数学史があるから・・”という事になろうか。
本書の副題にある様に、数学は原典味読する事で理解が深まり、愉しみが倍増するのかもしれない
